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当たり前と思っていたのは
専業主婦としての一生
美 のスペシャリストとして多くの女性に支持されている眞未子さん。女性誌などでの美容情報の発信、色彩理論を取り入れたイメージアップ術のセミナー、カラーアナリストの経験を生かしたオリジナルコスメブランドの開発など、美容に関する多彩な活動を繰り広げている。
「今私は42歳ですが、実は20代半ばまで自分が仕事をするとは夢にも思っていませんでした」
幼少期から当たり前と思っていたのは専業主婦の人生。そんな思考の原点は家庭環境にあったという。
「母も二人の姉も専業主婦。女性が働くことは、我が家の常識ではなかったのです。仕事より、好きなことをじっくり勉強することを良しとするような家庭でしたね」
その不文律に従って大学卒業後は就職せず、25歳でお見合い。26歳で結婚し、その後は専業主婦に落ち着くはずが……。
「実は23歳のころ、語学留学中のサンフランシスコで運命の出会いがありまして。それが結婚後に実を結んでしまったのです」
そこで遭遇したのは、ある百貨店で行われていたカラーアナリストのイベント。「その方のカラー診断を受けている楽しそうなお客様を見て、人を笑顔にできる素敵な職業なんだな」と心引かれた眞未子さん。24
歳で帰国後、当時日本では珍しかったカラーアナリストをある女性誌で発見。編集部に問い合わせて、その先生に連絡。
「教えてくださいって無理矢理お願いしたのです。仕事にする気はなかったのですが、奥が深く、結婚後も勉強を続けていました」
趣味で学んでいたことが
突如として仕事へと変貌
やがて20代後半を迎えたころ、日本でもカラーアナリストが認知され始め、その知識を持つ眞未子さんにはイベントやセミナーのオファーが殺到。日本各地への出張が年間100日を超えるまでになった。仕事をする楽しさや新鮮さを感じながら目一杯頑張るも、実力や体力が仕事量に追いつかず、体調を崩して2カ月半ほど入院。キャンセルになったおびただしい数のイベントの主催者に自筆で詫び状を書きつつ、初めて自分の責任の重さを痛感したという。それは、ビューティスペシャリストとしても同じ。
「その肩書きは、10年前『25ans』に初めて美容通の読者として掲載していただいたことから形になったもの。いずれにせよ、美容も色彩学も好きなことが仕事につながっているのですね。それはとても幸せなことで、主人をはじめ周囲の支えがあるからこそ。入院してそれを実感し、仕事への意識が変わりました。自己管理なども徹底できる本当のプロフェッショナルを目指そうと思ったのです」
また、常にヴァージョンアップしていくことも大切にしている。
「なにより自分に飽きたくないので、興味のあることはどんどん追求していきたい。いくつになっても自分磨きは永遠なのです」
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