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スムーズなデビュー後に訪れた苦難の時代
新聞社に勤務しながら初の投稿で入選し、デビューした小川さん。スムーズに事が運んだこの時期こそ、転換期かと想像したのだが。
「ある意味では転機でしたが、実はデビューしてから私の暗黒時代が始まったんです(笑)」
そもそも昔からずっと漫画家を目指してきたわけではないという。
「小学生のときは萩尾望都先生の大ファンで、漫画家になりたかったんです。ただ、9歳年上の姉がその萩尾先生のアシスタントをしていて、ものすごく大変だということを聞き、これはダメだなと」
中学時代には漫画家になる気を失い、大学卒業後は新聞社に就職。
しかし、2年後に自営業の男性と結婚したことで、気持ちに変化が。
「彼は家で仕事をしていたので、夜勤のある新聞社勤めの私と生活サイクルが合わなくて。だから、私も家でできる仕事をしたいなと思い始めました。そこで、漫画雑誌への投稿を思いついたんです。漫画家になった姉の手伝いを大学生のころにしていたので、漫画の描き方ならわかるぞと思ってしまったんですね。今思えば、全然わかってなかったんですが(笑)」
そして、デビュー後に訪れたのが、暗黒ともいえる苦難の日々。
「とりあえず、ネームという下書きのようなものを描くんですが、その時点で編集者にボツにされるん ですね。または、少しずつ直しが入って、その揚げ句にボツとか。会社員をしながら1年に3〜4作描きましたが、そのうちの1回ぐらいしか掲載してもらえなくて」
安定した生活を捨てチャンスをつかむ
くじけそうになった小川さんを支えたのは負けず嫌いの心の声。
「うまくいかないと悔しいじゃないですか。このままでは自分が許せない、納得できないという気持ちが前に進ませたんですね」
しかし、生活を保障する会社員という安全パイも捨てられず、漫画家としても独立できない時代が4年続いたという。それでもあきらめずに描き続けていたある日。
「2作ほど読者のアンケート結果がよかったこともあって、3回の短期連載をいただいたんです。これがうまくいったら長期連載も期待できる。そうなったときに会社と両立はできないだろうと思って」
会社を辞めることを決意。これこそが、最大の転機だったという。
「すごく迷いましたが、ようやくめぐってきたチャンスを逃したくなかったんですね。でも、あのとき決断してよかったと思います」
望んだとおり、家にいることが多くなり「全然出かけないので、服を買っても着ないまま時代遅れになることも(笑)」。
仕事にも集中できるようになり、連載中だった『きみはペット』がドラマ化され、大ヒットに至った。自分の心の声に従う。小川さんの 今 があるのは、そのたやすいようで難しいことを繰り返し行なってきた結果なのだろう。 |