絶対働きたいと思える職場との幸運な出会い

 店内に一歩入ると、色鮮やかなフルーツをたっぷりデコレーションしたタルトに、目も心も奪われる。訪れた人々を一瞬で魅了してしまう『キルフェボン』。柿畑さんもこのパティスリーに恋をしたひとり。それも、かなり熱烈に。

 「でも、昔からお菓子に興味があったわけではなく、初めて作ったのも短大生のころなんです」

 アルバイト先の友人に贈るために、チョコレートブラウニーを作ったそう。「バレンタイン用に手作りしたくて(笑)。上手にはできませんでしたが、相手に喜ばれたことと、手先を動かすのが好きだったこともあって、これをきっかけにお菓子作りの楽しさに目覚めました」

 それ以降は、「電気代がかさむ」とご両親に嫌がられるほど、暇さえあればお菓子作りに熱中。
「初めはシュークリームがぺしゃんこになったりということばかりでしたが、成功したものを友人にあげるとおいしいと喜んでくれて。それが嬉しかったですね。自分が夢中になれる仕事をしたいと思っていたので、お菓子を作る仕事に就こうと真剣に考えるようになりました」

 そんな折、友人から「かわいいケーキ店がある」と聞いた柿畑さん。それが『キルフェボン』だった。
「9坪ぐらいの小さなお店だったのですが、一目惚れでした。店内の雰囲気や色とりどりのタルトにワクワクして。絶対ここで働きたい!って思ったんです」

 後日、連絡するとスタッフの募集予定はないと断られる。しかし、「望めばかなうと信じていた」ので、何度も電話をしてやる気をアピール。2ヶ月後にアルバイトとして採用されたという。

厳しいだけのスタイルを改善して育成も順調に

 「人生最大の転機は『キルフェボン』に出会ったこと」という柿畑さん。入社できたときの気分は、まさにフランス語の『キルフェボン』が意味するなんていい陽気なんだろうというような晴れやかさだったという。

 入社後しばらくは、接客や販売、製造を担当。2年後の東京進出の際には「自分ほど『キルフェボン』が好きな人間はいない!」と青山店の店長に立候補。そして22歳の若き店長が誕生するのだが、年上のスタッフとの軋轢に悩んだことも。

 「当時は、店長がどうあるべきかわからなくて。自分が経験した厳しい職場を基準にして、スタッフに高いレベルを求めていました。年上でもかまわず厳しくしていたので辞める人も多かったですね」

 そんな状態を見かねた上司から「厳しいだけでなく、ほめることも大切」とアドバイスが。

 「そのとおりで、ほめたり、感謝の気持ちを伝えるうちにお店の雰囲気が変わり始め、スタッフも定着するようになりました」

 そこで学んだおかげで、各々のスタッフに合った育成方法をつかめるようになったという。『キルフェボン』とともに、柿畑さんも着実に成長を遂げてきたようだ。

柿畑江里

静岡県出身。短大卒業後、1994年に『キルフェボン』静岡1号店にアルバイトとして入社。後に社員に。1996年、東京進出1号店の青山店店長に就任。3年後、京都店オープンにともない初代店長として1年間務め、さらに銀座店初代店長に。2003年、全店舗を統括するパティスリー事業部長に就任。各店舗の管理、スタッフの育成、商品開発など幅広い職務をこなす

>キルフェボン

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