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運命の波に乗ってテレビ業界へ
放送作家として活躍する今へとつながった最大の転機。それは、1本の間違い電話だったという。
「大学4年の夏には、故郷の福岡にあるコンピュータソフトの開発会社に内定していたんです」
定期的に連絡を入れる約束だったので、大学の就職課の公衆電話から電話をかけたたむらさん。
「実は違う会社に電話をかけてしまったんです。内定していた会社と名前が似ていたので、それが正式名称なのかと(笑)。そして、『就職活動?』『はい』と答えると『制作やりたいの?』。確かにソフトウェアの制作志望だったので『はい』と」
不思議とかみ合った会話がしばらく続き「今から就職説明会をやるからおいでよ」と言われ……。
「今東京なので福岡までは行けないと言うと『ウチも東京だよ』って。市外局番を押し忘れたんですね。間違いに気づきましたが、引っ込みがつかなくて(笑)」
訂正できずに履歴書を持って仕方なく行った先は、テレビ番組制作会社。当然、やる気満々で集まった他学生との温度差に違和感を覚えたたむらさん。テレビに興味もなかったため、制作部の部長に間違いで来たことを伝えると。
「『きみがやりたいことは何だ?』と。『コンピュータのソフト制作です』と言うと『いや、きみの夢の舞台はコンピュータじゃない、テレビだ!』って即日採用。私もそうなのかなと思って、決めてしまいました(笑)」
職場に女性を増やすため子連れOKの会社を設立
まるで、なにかに導かれるようにテレビ業界へ進んだたむらさん。初の仕事は、過酷なAD。
「椅子を並べて寝たり、1カ月家に帰れなかったり(笑)。でも、理想もなく入社したので逆に新鮮で楽しく、性にも合ってました」
やがて、番組の企画や構成を考え、台本を書く放送作家の素質を上司に見いだされ、その道に。だがそこで壁にぶつかることになる。
「仕事は好きでしたが、テレビ業界は圧倒的に男性が多い世界。私は女性がおもしろいと感じる番組が作りたかったんですが、多勢に無勢で企画が通らないんです。どうやら私の企画がつまらないわけではなく、男性にうまく伝わらない言い方をしていたんですね」
悩んで立ち止まるのではなく、自分の企画を男性にもわかりやすい言い方に 翻訳し、一人一人を説得したりと行動を起こす。その結果、企画が次々と採用されるようになった。しかし、孤軍奮闘するも、女性放送作家は少なく相談できる先輩もいない環境で「孤独」がつらかったという。
「女性が少ない原因のひとつは、出産後に職場復帰できないこと。そこで、7年前に起業しました。女性が働きやすく、子どもを連れて来てもいい会社を作れば、会議の席にも女性が増え、企画が通りやすくなる。視聴者の半分は女性なのですから、女性が元気になる番組を作っていきたいですね」
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