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突然の哀しみから食の大切さを学ぶ
料理にさほど興味があったわけではなかった島本さんを食の世界に導いたもの。それは、料理コンテストの賞品、米10kgだった。
「19歳のときに自活する約束で東京に出てきたので、仕送りはなし。お金がなかったので、あるスーパーの料理コンテストに応募したんです。なにしろ、賞品は米10kg。それで数カ月は暮らせますから、必死に考えました」
そして、鶏肉の甘酢あんを丼にした、その名も初恋丼が完成。このレシピが見事に優勝し、米を獲得したことに味を占めた島本さんは、以降も数回料理コンテストに応募。そのたびに入賞したために、食品メーカーから就職の声もかかった。しかし、当時は「料理の仕事って大変そう」という思いから辞退したという。そんな島本さんの意識を変えたのが、21歳のときに起こったある出来事。
「母が突然、脳出血で亡くなってしまって。それまで、当たり前に食べていたものが食べられなくなった瞬間、母の料理のありがたさや食の大切さに気づきました。さらに、このままではいつか韓国人である祖母の味も失われてしまうと気づき、祖母から韓国料理を習い始めたんですね」
お母様が亡くなったことで生活も改め、フリーターを止めて広告会社に就職もした。そんな折、家に遊びにきた友人に韓国料理を作ってご馳走したところ……。
「こんなの食べたことない、おいしい!と大好評で。韓流ブームの前でしたから、珍しさもあったのでしょうね。作り方を教えてと頼まれて、OLをしながら週末に自宅で料理教室を始めました」
友人4人に教えていた教室は口コミで広まり、いつしかマスコミにも取り上げられるように。そして、27歳のとき結婚を機に会社を辞め、「食」のスペシャリストになることを選んだのだった。
困ったこと得意なことが交差したことを事業に
料理研究家として独立し、やがて雑誌に料理レシピを提供したり、エッセイを書いたり、各メディアに登場したりと仕事も充実。しかし、それだけでは満足せず、「30歳までに事業を起こすことを目標にしていた」島本さん。2年ほど前に、ある女性起業家のセミナーに参加した。
「会社を作るなら、自分が困ったことと得意なことが交わることで起業すると成功する。セミナーでそう聞いた夜、ベッドに入った瞬間に何かが頭の中に降ってきたんです。私が困ったことといえば、母の料理をもう習えないこと。得意なことは料理。このふたつがクロスして、お母さんの味を料理アルバムにして娘に贈るというギフト事業を思いつきました」
そのアイデアを形にするため、2006年に会社を設立。
「各家庭にある母の味は、大切な食の財産。これからもそれを伝えていく仕事がしたいですね」
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