第1回 希望に満ちた(?)入学の日
 この秋から突然、大学院生になった。嬉し恥ずかし、正真正銘のピカピカの新一年生というやつである。
 所はアメリカ。東海岸ボストンのボストン大学大学院。お金持ちのキッズたちが通うマンモス私立大で、学費だけは下手すると、ご近所のエリート校、ハーバードよりも高く、ほとんどぼったくりレベルである。
 「あんた、なんでここに来てんねん!」
ジャーナリズム学科の入学式場をウロウロしていると、人混みの中から大きな声が聞こえた。
 「俺、俺! エヴァンだよ〜!」
おお。5月のオリエンテーションで会った、いかにも生意気そうな、ニューヨーク出身の男の子ではないか。
 「あんた、カネがないっていってたから来ないと思ってたのに、どーしたのよ? そういう俺も最後の最後まで迷ったんだけどさ、結局来ちゃった」とエヴァン。
 「私も最後の最後まで迷ったよ。学費はこの先、払えるかどうかわからないからパートタイムに切り替えたし。それよりコロンビア大の院はどうしたのよ?」
 「補欠だったんだけど、結局ダメだった。UCバークレーには受かったけど、遠すぎて引っ越し代がなかったんだよ」
 お互いの顔を見て、私たちは思わず吹き出してしまった。それもそのはず、オリエンテーションの時には、希望に燃える他の合格者に混じって、なぜか私たち2人だけが、懐疑心に満ち満ちた態度で、初々しさのカケラもなく、この大学院への疑問を募らせていたのだ。だから入学式で再びお互いの顔を再び拝むことになるとは、ちょっと意外だった。


ジャーナリズム大学院のあるボストン大学コミュニケーション学部。どよよーんとしたやさぐれた雰囲気が漂うボロボロの校舎。大学院なのに図書館は夕方には閉まり、校舎自体は夜9時にはロックアウト。よって学生たちから「高校」と呼ばれている。
 さかのぼること4カ月前。春のオリエンテーションで、私たち合格者を前に、学部長はこう挨拶した。
 「君たちは、過去の合格者の中で、最も優秀な人材だ! うちの大学院からはピューリッツアー賞受賞者も出てる! とにかくウチはものすごく勢いのある学校なんだ。何よりボストンという立地が最高だ。新聞社やテレビ局もたくさんあるからインターンもしたい放題!! 是非入学して頑張ってほしい!!」
 希望に満ちてうなずく合格者たちの中で、たまたま私の隣にいた、新聞記者だというエヴァンがぼそっとつぶやいた。
 「そんなに凄い学校なら、どうして俺たち合格者にここまでしつこく売り込む必要があるんだろう? 本当に実力のあるジャーナリズム大学院なら、こんな派手なセールストークなしだって、学生たちが集まるはずだろ?」
 う。確かに。私の胸にも全く同じ疑問がムクムクと湧き始めていた。
 そしてまた学部長がいった。
 「ウチのテレビ・ジャーナリズム学科の院生は、フォックス・ニュースで優先的にインターンができます!」

 この発言に思わず吹き出したのは、私とエヴァンの2人だけだった。
 フォックス・ニュースといえば、イラク戦争時はここぞとばかりにプロパガンダ放送を流しまくったブッシュ御用達のバリバリ保守派の放送局。ちなみに画面の隅には、常にアメリカ国旗の映像がハタハタとはためき、局のオーナーは、あの、ルパード・マードックである。
 「何といっても、フォックスの看板は、この学科の君たちの先輩、ビル・オライリーなんですから!」
 えっ〜。ビル・オライリー?!
彼は「オライリー・ファクター」というフォックスの人気看板番組のアンカーで、視聴率ナンバーワンに輝く、全米保守派層のアイドルだ。げげ。とんでもない学校に合格してしまった。もしかして、卒業式にはブッシュが来賓とか??
 「う。十分あり得るな……」とエヴァン。
 ふと外を見れば、迷彩服に身を包んだ正真正銘のアメリカ陸軍軍人である学生たちが、キャンパスを笑顔で闊歩しているではないか。なんなんだこの光景は……。
 マイケル・ムーアのウェブサイトをついチェックしてしまうのが日課の私としては、ものすごく場違いなキャンパスに来てしまったことだけは確かなようだった。