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「ミホ、私、もうあのクラス辞めたい。どう考えてもこれ以上続けていく意味がないと思う。今から別の教授のクラスに移れると思う?」 それを読んで私の胃はキリキリと痛み出した。どんなにストレスが溜まっても、胃だけはやられないのが自慢だったのに、今回ばかりは例外だった。リサと一緒に履修した「調査報道」のクラス、この1コマが、私たちの精神と生活をこれだけ圧迫するモノになるとは、2カ月前は全く想像していなかったのだ。 約20人が大きく三つのグループに分かれ、3カ月間一つのテーマを徹底的に追いかけるというこのクラス。私はリサと共に「ボストンの留学生たち」をテーマにしたグループに組み込まれ、アメリカ人学生のドナ、ミシェル、そしてインドからの留学生のラシュマと共同作業をすることになった。 5人で手分けして協力しながら取材をする、というのが私の「共同作業」の概念だったのだが、どうやらそれは間違いだったみたいなのだ。 何日か経ち、教授が授業でグループワークの進み具合をたずねると、ドナがすっと手を挙げて言った。 「私とミシェルはこんなに努力して、この2週間で、こんなにデータを集めました。すごい進歩です!」 おいおい……。私とミシェルはって? 作業は5人みんなでやったんじゃなかったっけ? 隣にいたリサと私はお互い顔を見合わせた。 「私たちだって作業しました」と言えば言えたのだが、そんなわかりきった子供じみたことを言うのは、馬鹿みたいだ。そう思い、じっと黙ってオトナになってしまった私たちは、後で、とんでもなく大きな割を食うことになってしまった。 「私とミシェルは、これだけ一生懸命取材していますが、他のメンバーは私たちが苦労して開拓した取材先を横取りしようとしています」 ドナはそんな内容のメールを担当のズーコフ教授とレア教授に送っていたのである。それがわかったのは、レア教授がドナに返事を書く時に、うっかりグループ全体のアドレスを押してしまい、私たちにもそのメッセージが送られてきたからだ。
ちなみに、うちの学部の名称は「コミュニケーション学科」。笑えない冗談みたいだ。 気の短い私は、とうとうドナとミシェルにはっきり面と向かって釘を刺した。 「裏で教授にメールを出して私たちを非難しないで、正々堂々対話できないの?」 すると彼女たちは前にも増して、私たち3人を徹底無視しはじめた。 「そういうヤツって、アメリカのどこの大学院にも大抵何人かいるのよ。成績至上主義で、自分だけがいい成績を取るために、グループの他のメンバーを敵視して無視する自己中なヤツ。ねえ、彼女たちって、社会で働いた経験がないでしょう? 金持ちの家で甘やかされて育って、大学を卒業して、そのまま院に来ちゃったってタイプでしょ?」 ミシガンの短大で社会学教授をしている友人のケリーが電話で言う。 金持ちで甘やかされているかどうかは知らないが、確かにドナとミシェルには社会経験がない。だからジャーナリズム大学院でいい成績を取ることが、即、卒業後にいい仕事を得る道だと信じ込んでいるのかもしれない。 ドナの態度ともう一つ、私がどうも納得いかないのは、担当の2人の教授たちの教え方だった。 ズーコフ教授とレア教授は、共にボストン・グローブ紙のスポットライト・チームという調査報道で名高い班に所属していたスター記者。その記事が、ピューリッツアー賞の最終候補にまでなった凄腕記者なのだが、教授としては1年目。はっきり言って、教えるプロではない。 週1回の授業では、それぞれのグループに進捗状況を説明させるだけでおしまい。さらに、スター記者だったズーコフ教授の口癖は「Don't」(それはダメ)なのだ。 「その人に取材するのはまだ早い」「勝手にそんな取材をしないように」「僕が言った通りのデータを集めることに集中してればいい」……。 学生の自主性を伸ばすタイプではなく、全てを自分の思うようにコントロールしたいヒトである。レア教授は、まだ、私たちの話を聞いてくれる耳を持っているのだが、この授業を実質的に仕切っているのはズーコフ教授。つまりレア教授はサブ的存在で、ボスじゃないのだ。 「グループワークに時間と情熱を注ぐのは全く構わないし、一生懸命取材したいと思ってるわよ。でも、こんなに納得いかないクラスは初めて。悪夢を見ているみたい」とリサ。 そうこうしているうちに、過度のストレスからか、ラシュマは病気になって寝込んでしまった。 ボストンにもやっと遅い春がやってきたのに、私たちはまだまだ吹雪の真っ直中にいるみたいだ。 |