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「ミホ! 私、もうここにいたくない。これ以上耐えられないわ!」
私が秘かに「小マダムちゃん」と呼んでいる、香港からの留学生のミシェルが、今にも泣きそうな顔で、私のセーターの袖にしがみついた。 「ど、どうしたの、ミシェル? またボーイフレンドと喧嘩でもした?」 「ううん。もう彼とは別れた。そんなことよりもっと深刻なこと……。私、ひとりぼっちになっちゃったの。もう耐えられない……」。げっそりやつれた顔のミシェルがポツポツと語り出した。 何でも、彼女と同じPR学科の同級生の2人の台湾人留学生と、コミュニケーション学科の中国人留学生の3人が、一定以上の成績をキープできなかったことを理由に、院からキックアウトされたのだという。その結果、ミシェルはPR学科で、たったひとりのアジア人になってしまったのだった。 退学になった3人の女子留学生が共通して取っていた課目は、ボストン大の付属英会話学校の教授が教える「留学生のためのライティング講座」。その教授が彼女たちにDをつけ、彼女たちのGPA(成績平均)が急降下してしまったらしい。 英語にハンディがある留学生を助けるための目的で設けられた課目が、逆に彼女たちの首を絞めることになってしまったという、あまりにも皮肉で不幸な結末だった。 「PR学科のアメリカ人学生たちは、『次はあなたね』と言わんばかりの目で私を見るの。キックアウトされた2人は必死で勉強してたのに、アメリカ人学生たちは『台湾のプリンセスたちがいなくなって、せいせいしたわ』と陰で言ってるし、教授たちも私にすごく冷たいの。これって完全に人種差別だと思わない?」 もともと華奢なミシェルだが、ストレスで、この半月で5キログラムも痩せてしまったのだという。コミュニケーション学部が「外国人にかなり冷たい学部」なのは、実は内輪では有名なのだが、ミシェルのこの憔悴ぶりは、やっぱり半端じゃない。ここまで言われたら、同じアジア人としては、徹底的に調査するしかないではないか。 早速退学になったZに電話する。 「心配してくれて、ありがと。正直言うと、私、怒りで煮えくりかえってるわ」 いつもニコニコしていて、決して声を荒げたことのなかった彼女が、開口一番、そう言った。 「学生科に相談したら、何て言われたと思う? 『一体あなたがどうやって入学できたのかわからない。そもそもこんなトフルの点数で、コミュニケーション学部に入学が許されたこと自体間違ってる』と言われたの。私に入学許可を出したのは、そっちのくせに」 トフルとは、英語を母国語としない外国人が、大学院にアプライする際に受けなければならない試験のことだ。ちなみにZのトフルのスコアはコンピュータ形式のテストで267点。通常、250点が院の合格ラインだから、それはクリアしている。また、Zはボストン大の他にもミシガン州立大、南カリフォルニア大など複数校から合格通知を得ていたから、まぐれ合格の可能性も薄い。さらにうちの学部では、トフルとは別に、スピーチのビデオ審査も義務づけられている。Zはこれもクリアして入学したのだった。
調査報道クラスの教授、ズーコフ氏にこの3人の中国人留学生のことを聞いてみると、彼はこう言った。 「人種差別? 僕はそうは思わないね。彼女たちは、きっと英語もまともに喋れないのに、入学してきたんだろ。それに留学生で大学院レベルの英語を書けない人間はたくさんいるからね。教授がDをつけたならその程度の実力なんだろうし。同情の余地はないよ。トフルだってカンニングしたのかもしれないし」 そして隣にいたアメリカ人学生も付け加えた。 「そうよ。ビデオの会話テストだって、きっと何十時間もリハーサルして完璧に暗記してたんでしょ」 ムッとした。彼女たちがDをつけられたのは事実だが、その教授の評価が正しいと、どうして断定できるのだろうか。しかもこれが調査報道に携わる教授と学生の発言とは……。 彼らもしょせんアメリカ人。私たち外国人学生が、ネイティブに少しでも近いレベルの英語を話し、書くために、どれだけ懸命に努力しているか、このヒトたちには、絶対に想像できないんだろうな。そう思うと、どっと脱力感が襲ってきた。 「ミホ〜。あの件、取材してくれてるんだって? ありがと!」 数日後にミシェルに会うと、彼女は、いつものように私のシャツの袖を引っぱった。ズーコフ教授の言葉は、今の彼女にはとても言えない。 「ミシェル、景気づけにご飯でも食べに行こうか?」。私は言った。 「ご飯! 嬉しい! 行く行く。私アメリカ人学生の友達が1人もできないから、この数カ月、ずーっとひとりで菓子パン食べてたの!」 その言葉に私はハッとしたが、それを悟られないように、無理に笑顔を作り、今度は逆にミシェルの腕を引っぱって、校門を出た。 |