第15回 「クリップ」ゲット作戦 『ボストン・マガジン』にいざ、売り込み 

これが私たちが売り込みに行った『ボストン・マガジン』の今月号。主な読者は郊外に住むややリッチな白人層。ランキング特集が売りだ。

 院の廊下や教室で、この文句を聞かない日はないというぐらい、念仏のようにブツブツ唱えられている言葉がある。
「ノークリップ、ノージョブ!
 クリップというのは、新聞や雑誌に載った記事のこと。つまり実際の記事を書いたことがないのに、就職活動をしても、新聞社や雑誌社に入ることはできない、という意味だ。
 この点、自前の紙メディアを持たないボストン大は、他のジャーナリズムの院に比べ、圧倒的に弱い。
 大学がコミュニティー新聞を発行するミズーリ大、独自のニュース通信社機能を持つノースウェスタン大。この2校の学生は、授業をこなしただけで、40本近い分厚いクリップの束を持って卒業式に臨むのに、ボストン大卒業生は、最悪の場合、500万円以上のローンを背負い、空手で世の中に出ていく。ほとんどホラー映画だ。
 成績のいい上級生が「私、今月卒業なのに、仕事が決まってないの」と嘆くのを聞く度、下級生が震撼する季節、それが桜満開の今なのだ。
 で、私はと言えば「何百万も払って、クリップの10本や20本もゲットできないなんて、アホか」と内心思っていた。実は、ミシガンの日刊紙でタダ働きしていたおかげで、自慢じゃないが、クリップだけは、段ボールに何箱もあるのだった。
 が、ここに重大な落とし穴がある。新聞界ではクリップは生鮮食料品だ。黄色く変色してしまった記事より、ピチピチした「今」をキャプチャーした記事が強いに決まっているのだ。他人を笑う前に「クリップ〜!!」と叫んで走らなければならないのは、実は私自身なのだった。

ボストン・シンフォニーの真ん前にある歴史ある建物が編集部。ちょっと威圧感があるが、一歩中に入ると、吹き抜けがあって斬新なデザイン。
売らなきゃいけない雑誌と「俺たちの高尚なジャーナリズム」
 冷たい雨が降る朝。9時半きっかりに調査報道のクラスの面々が集まった。いつもくたびれたTシャツ姿のケビンは、今日は何と、ラルフローレンのシャツで決めている。
 「じゃ、行こうか」
 ズーコフ教授の声で、私たちはレンガ造りのビルの中に入った。地元誌『ボストン・マガジン』の編集部に、クラス全員で、売り込みに来たのだ。3カ月間、調べに調べたネタを持って。
 「ハイ。僕は編集長のジョン・マーカス。今日は君たちのピッチ(売り込み)をたっぷり聞かせてもらうよ。あ、ジュースどうぞ」
 バリっとしたスーツに身を包み、自信に溢れた40代半ばの男性が笑顔で現れた。そしてもうひとり、フィーチャー記事担当の編集者ドン。

 最初に指名されたのは、「ボストンの留学生」について調査した私たちのチーム。実はこの日のために、昨晩、全員で売り込み用スピーチをさんざん練習したのだった。
 「この世界、売り込みが全てだ」。ズーコフ教授はそう言い、耳に残るキャッチフレーズを使え、と繰り返した。日頃、ズーコフ教授の教え方に疑問を持っている私も、彼の売り込み口上の鮮やかさには感心せずにはいられなかった。まるでクルマのセールスマンのような饒舌さで、立て板に水のようなセールストーク。
 そして、先発は、例の「どうしてもいい成績を取りたい」ミシェルとドナの番だ。ふたりが留学生の数のデータとチャート使って、自信満々に説明し終わると、黙って聞いていた編集者ドンはこう言った。
 「読者は細かい数字ばっかり延々読みたいとは思わないよ。面白いネタじゃないと。雑誌を売るのが僕たちの仕事だから」。う、確かに。
 で、次はインドからの留学生のラシュマとアメリカ人のリサ。そして私だった。緊張しつつ、3人とも必死でネタを売り込んだ。
 「うーん。君たちのネタは、面白いよ。いけるかもね」とドン。やった〜!思わず内心ガッツポーズする私たち。 
ほっとして正面玄関を出ると雨はすでに上がっていた。ご機嫌なラシュマ、リサ、私と対照的に、ズーコフ教授は面白くなさそうだった。
 「雑誌を売るのが仕事って、あんなあけすけに言う編集者には、生まれて初めて会ったよ。俺はあのドンって編集者、好きじゃないね。いや、はっきり言えば軽蔑するね。俺たちはあんな雑誌より高尚なジャーナリズムを実践してるんだからね!」
 ズーコフ教授はクラス全員の前でそう言った。それは、雑誌ジャーナリズムで仕事をしてきた私には聞き捨てならない言葉だった。そして何より、学生に時間を割いてくれたプロの編集者のドンに対してあまりに失礼で、無礼な陰口だ。
 売り上げ至上主義の雑誌だって、その気になれば、硬派なジャーナリズムを追求できるのだ。『ニューヨーカー』を、『エコノミスト』を見よ! 私は内心そう叫んでいた。

編集長のジョンが私たちに配ってくれた理想の「売り込み手紙」の見本。こういう細かい「手の内」をどーんと見せてくれるのが、合理的なアメリカっぽい。日本だったら、ジャーナリストが売り込みのノウハウをシェアすることなど、あまりないだろうと思った。

 その日、リサとラシュマと私は、コーヒーショップに集まった。
 「こうなったら、絶対に私たちの記事をボストン・マガジンに送ろう。編集部のドンにコンタクトを取って、絶対に記事を見てもらおう」
 クリップのために書くんだという気持ちはもう完全に消えていた。
 「成績も、もうどうでもいい」
 教授に向けてではなく、読者に向けて書く。そんな当たり前の、だが、今まで忘れていたことを、私たち3人は、やっと思い出したのだった。