第18回 アメリカ版“負け犬”論争?


ボストン恒例のゲイ・プライド・パレード。同性の結婚が合法化された今年、パレードのテーマは『すべての人びとに結婚する権利を』。白雪姫みたいなお姫様はもちろん男性だ。

 「だ〜。俺はもうダメだ〜。完璧にルーザーだああああ〜!」

 早朝、友人で、ミシガンの新聞社のエディターのニールからメールが来た。
 「今度はせっかく上手くいくと思っていたのに、また彼女と別れちゃったよ」
 最近40代になったばかりのニールは、別の新聞社に勤めるガールフレンドと1年近くつきあっていた。別れたり、くっついたりを繰り返したが、今回はもう決定的に「おしまい」なのだという。

 そんな頃、別の友人で、30歳になったばかりのケリーからも電話が入った。
 「私、とうとう『マッチ・ドット・コム』に登録したの。こうなったら、もう週替わりでデートしちゃおうかな」
 ケリーは女性だけの北極探検隊に入り、クロスカントリー・スキーで北極点を制覇してしまったほどの行動力の持ち主。1年ほど前に「完璧だった」というボーイフレンドを「パッションがなくなった」という理由で振ってからは、新たなパートナーを探して、精力的にデートを繰り返している。「マッチ・ドット・コム」は恋人やパートナーを探している人向けの大手のサイトで、ケリーはそこに写真と自己紹介を載せたのだ。
 「おお。さすが勇気あるね、ケリー!」と言うと、彼女はじみじみと言った。
 「本当のこと言うと、私、本当に人生を共にするパートナーにこの先出会えるのかな? って、時々ふっと怖いんだけど」
 彼女がミシガン大学で一緒だった仲良し女子同級生たちはみんな結婚して、独身なのは彼女だけなのだという。
 それを聞いてピンときた。つい最近、日本の知人が「すごく流行ってるから是非読んでみて」と持って来てくれたベストセラー本、『負け犬の遠吠え』が部屋のどこかに転がっているはずだ。

 早速ケリーに聞いてみる。
 「ねえ、結婚してないと『ルーザー』だっていう感覚はある? 日本では、30代以上で未婚の女性は、負け犬かどうかってことで、いろんな論争が巻き起こってたりしたんだけど」
 「うーん、この国では、未婚=ルーザーっていう感覚は、私の両親たちの時代、つまり30年前で終わってるかも」
と大学で社会学を教えているケリー。それじゃ、ニールの「ルーザー」発言の真意はどうなんだろうか?


10万人が参加したといわれるパレード。思い思いのコスチュームで踊るダンサーたち。男性からも女性からも「キャーキャー」言われていた。

 「結婚うんぬんよりも、アメリカはカップル社会だから、どこに行くにもカップルじゃないと格好つかないっていう意識は、私たち、もう13歳ぐらいから叩き込まれちゃってるわね。この刷り込みを逃れているヒトって、ほとんどいない。私? もちろん刷り込まれてるわよ」
 そう言えば、離婚経験のあるニールは「再婚? 興味ないね。だって離婚したら、相手に財産を持って行かれるだけだもん。だけど、パートナーは欲しい!」とよく言っていた。つまり、結婚しているか、いないかということよりも、今の段階で、カップルでいるか、いないか、ということが、この国では大事なわけか。

 さらにケリーに、『負け犬の遠吠え』では、未婚で出産してないということに関しては『負けてますんで、すみませんねぇ』という態度でいた方がラクである、という処世術も書かれているが、これについて、どう思うか聞いてみた。
 すると「ホラブル!」と一言。つまり、「ぞっとする」ってことだ。 「すみませんって、別に悪いことしてないのに、どうして謝らなきゃいけないの?それって、卑屈すぎてアメリカではギャクにも処世術にもならないよ」
 そう言えば、アメリカに来たばかりの頃、あらゆる人に「どうしてミホはいつも謝ってるの? 悪いこともしてないのに謝ったら最後、徹底的になめられて、まともな扱いをされないよ」と100万回ぐらい、お説教されたものだった。

 そんな頃、同性の結婚がマサチューセッツ州で解禁になり、1週間で2500組の同性カップルが市役所に殺到した。
 ケンブリッジ市の市役所で取材をしていた私は、身体中から幸せのオーラを漂わせている同性カップルたちに会った。受付はごった返し、結婚証明書を受け取る長い列に並んでいるひとたちは、誰もがみんな輝くような笑顔だった。
 その中にいた教師のロブさんとマイケルさんは、手に手をとって言った。
 「ゲイとして一生を送るってね、一般的にはすごく寂しいんですよ。まず、婚約式、結婚式、子供の誕生祝い、結婚記念日……、こういうハレの日が全くない一生なわけです。だから、下手すると卒業式以来、誰からも何も祝ってもらえないで死ぬってこともあります。今日は、僕たちがカップルとして、単に認められた日ではなく、みんなの前で心から祝福された日。だから何よりも嬉しいんです」


会場で反ブッシュのTシャツを売っていたレズビアンのグループ。ブッシュは「結婚は男女間の神聖な契約」と明言しただけに、今度の選挙で同性愛者の票をごっそり失いそうだ。

 見知らぬ男女の結婚式を見かけても、別に何も感じないが、市役所の扉から手をつないで笑顔で出てくる同性カップルを見ていると、身内でもないのに、心がほっこりして、じーんと温かい気持ちになる。これは一体なぜなんだろう。
 「それはさ、彼らがメインストリームには絶対にわからない苦悩を味わってきただけに、人生を勝ち負けで考えるのは無意味だと、よく知っているからだよ」とニール。

 その後、ニールは2週間弱という驚異的な短期間で失恋から立ち直り、再びデート市場に現役プレーヤーとして戻ってきた。勝ち負け無意味論を説いていたくせに「今度こそルーザーからの脱却だ!」とメールにはあった。
 そして何と、ニールの今度のデートの相手はケリーだったのだ。世界は狭い。
 私はふたりが2週間もたないことに10ドル賭け、ニールは3週間以上もつことに10ドル賭けた。  そう。私たちの間では、勝ち負けが全てなのだ。