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クラスの飲み会委員長ことブラッドにそう言われた。 毎週木曜日の夕方は、ジャーナリズム学科の有志10数人が、ボストン大のパブに集まるのが恒例で、その「パブ倶楽部」のチーフを自認するブラッドは、メンバーの出席率を逐一チェックしているのである。 シェアしたアルコールの量が友情の濃さに正比例すると確信する彼の前職は、ビール職人である。 「ごめんブラッド。貧乏暇なしなんだ。次回はきっと出席するから」 面倒見のいいブラッドにそう言い訳しながら、胸の奥にチクッと罪悪感が走る。来週もきっと欠席しちゃうだろうな……と思うからだ。 授業と課題と仕事で毎日とんでもなく忙しいのは本当だ。だが、週に一度、30分ぐらい大学のパブに顔を出せない程、多忙なわけじゃない。飲むのは好きだし、学生証なしでは入れない、蔦の絡まる煉瓦造りのBUパブの、まるで秘密結社のアジトみたいな雰囲気もなかなかオツだ。 奥の方のソファでは、最近、写真専攻に転向したのでは、と思えるほどフォト・ジャーナリズムに心酔しているエヴァンが仲間の泥酔ぶりをカメラで激写しているし、その隣には、いつも英文の添削をしてくれる親切なオーエンの顔もある。みんな優秀で、仲間で集まって議論するのが大好きというメンツなのだった。 そんな気楽な仲間の集まりなのに、私の足はなぜか最近、このパブに向かわなくなってしまった。 それは、学生同士でジャーナリズム論をブツ時間があったら、1分でも1秒でも多く外に出て、街の人々の生活に直接触れたいという気持ちが、抑えられないからだった。 金色の太陽が西の空に傾く頃、私はオレンジ・ラインの地下鉄に乗って、ヒスパニック系の住民の多いフォレスト・ヒルズへと向かう。ボストン大生だらけのグリーン・ラインの客層と全く違い、この路線には、庶民の生活の臭いが充満している。 バックパックを背負った黒人の高校生の女の子たちが大声で男の子の噂話をし、隣に座ったおばあさんは食料品の袋を抱え、無料の日刊紙「メトロ」を真剣に読んでいる。誰かのラジカセから大音響のラップが聞こえる。そんな中にいると、身体中の細胞が生き返るような気がする。 大学という安全地帯には、残念ながらこの手の空気は存在しない。 学内パブより路上のホットドッグ 「私、大学院も学生街も大嫌い。ホットドッグ屋の並ぶ汚いダウンタウンとオレンジ・ラインが大好き」 同じ院の学生、ニコルと友達になったきっかけは、彼女が言ったこの一言だった。彼女と出会った瞬間、同じ種類の人間だな、とピンときた。学生という身分が窮屈でたまらず、授業が終われば一目散に校舎から離れて、ダウンタウンをうろつく。「良い学生」になることなどハナから考えてない。というより「良い学生」になどになったら、おしまいだというヘンな自意識があり、小心者のくせに頑固。まるで若い頃の自分を見ているようだった。 ある日、ニコルは突然、髪の毛を真っ赤に染めてクラスに来た。 「ヘヘッ。ルームメイトにスタイリングしてもらったよ」 そう言うニコルを見る周囲の金髪ロングヘアのクラスメートたちの目は、かなり冷ややかだった。 「あんな髪の色じゃ、まともな新聞社はインターンとして雇ってくれないでしょ」と陰で笑う学生もいた。彼女たちは、コンピュータに強いニコルがボストン・グローブ紙のウェブサイト作成を担当していることを知らない。彼女が自宅で秘かに小説を書いていることも。 「私、新聞ジャーナリズムに自分が向いてないってことが、院に来てよくわかったよ。ニュース記事を書きたいんじゃなくて、ヒトの欠点をあげつらう『批評』がしたいだけなんだ、私。つまり、フットワークは悪いくせに、偉そうなことは書きたいっていう横着なヤツなの」。
彼女の姿をダウンタウンの路上で見かけることはあっても、学内のパブでは一度も見たことがない。そのことに、私はどこかでホッとする。そしてニコルのパンクっぽい赤い髪を教室で見るたび、有名スポーツ・コラムニスト、ミッチ・アルボムの文章を思い出すのだった。 「学生時代、金持ちは悪人だと思っていた。ワイシャツとネクタイは囚人服だと。思い立ったら、パリからチベットの山までバイクで駆け抜けられる自由のない人生なんて、意味ないと思っていた」 アルボムは著書『Tuesdays with Morrie』の中でこう書いた。そして、流れる年月の中で、自分の夢とひきかえに、仕事と安定した高収入を手に入れてしまったことも。 今から何十年後かに再会してみたいクラスメイトは何人かいるが、やっぱりその筆頭はニコルだな、と思うこの頃だ。 |