第20回 『華氏911』の熱気

圧倒的に白人の多いボストン・カレッジの学生たち。アメリカのリッチ・キッズの代表である彼らが戦争に行く可能性はかぎりなくゼロだ。

 マイケル・ムーアの映画、『Fahrenheit9/11(華氏911)』を観に行った。 
 劇場内の照明が落ちると、バクダッド攻撃を宣言する数十秒前のブッシュの顔が、スクリーンいっぱいにぐぐっと広がる。カメラに向かって、おちゃらけるように目玉を左右に動かす合衆国大統領。なんだか「バカ殿」という言葉が浮かんでくる。
 そのバカ殿と同じぐらい、呆れてしまうのが、アメリカのテレビ・ジャーナリストたちの告白だった。
 恐らくアメリカで最も有名なニュース・キャスターであるダン・ラザーは、カメラに向かってこう言う。
 「私はアメリカ人だ。自分の国が戦争している以上、私は自分の国に勝ってもらいたいと思うね」
 続いてFOX NEWSのキャスターが、いつもの攻撃的な口調で叫ぶ。
 「私の報道は偏向しているって? ああ、もちろん、その通りだ!」

 おいおい……。そりゃ、戦争をしている国のメディアが完全にフェアな報道をするとは思わない。キャスターが人間だというのもわかる。だけど、何の迷いもためらいも見せず、偏向報道を誇らしげに宣言するって……。『勝てば官軍』という、不愉快な言葉が浮かんでくる。
 そんな有名ジャーナリストの開き直りと対照的なのは、軍服姿の青年たちが語る言葉だった。
 「これ以上、イラクの貧しい人々を殺したくないから、イラクには戻りたくない」
 「僕は共和党をもう信用しない」

 軍人が軍の最高司令官である大統領を名指しで批判することが、今のアメリカで、どれだけのリスクがあるかを考えると、その発言の重さにグッときてしまう。
 名もない兵士たちの捨て身の勇気と、有名ジャーナリストたちの「強い者につけ」思考。一般のアメリカ人である観客が、どちらにシンパシーを抱いたかは、客席のため息の音の大きさでわかった。


ボストン・カレッジで講演した時のマイケル・ムーア。ムーアの後ろに立っているのは、セキュリティの男性。ムーアも政治家のように「警護される」存在になったということか。
 以前、ムーアが本のサイン会でミシガンを訪れた時、私は彼に直接こう聞いてみた。
 「アメリカに住んでいて、ケーブルテレビの料金を払えなければ、BBCやカナダの放送など、海外のメディアの報道が見られません。つまり、基本ケーブルの料金すら滞納してしまう私みたいなビンボー人は、アメリカ製の戦争報道しか見られないということになっちゃいます。貧富の差が、メディアへのアクセスの限界を決めてしまうこの現状をどう思いますか?」
 するとムーアはこう言った。

 「僕がもし大統領になったら、絶対に全てのケーブルテレビをタダにするね。カナダのテレビもヨーロッパの放送も見放題!そうなれば、アメリカ人はもっと事実に目を向けざるを得ないからね」
 『ロジャー&ミー』の頃と比較すると、今や映画館やメディアに金の卵をもたらす存在となったムーア。彼の作品は、ハイリスク・ハイリターン商品だ。爆弾でもあり、同時に金塊。その証拠に、最初はこの映画を上映をしない予定だったアメリカ各地の映画館も、全米でのヒットを見たとたん、バタバタと上映決定を決めた。

 「ミスター・ムーア、あなたはこの国の大メディアや大企業を批判してますよね。でも例えば、あなたはAOLのメールアドレスを使っているし、ハリウッドの映画会社と組んで仕事をして、大金を儲けています。それを欺瞞だとは思いませんか?」
 昨年、ムーアがボストン・カレッジで講演をした際、共和党員だという青年がムーアにこう突っ込んだ。

 ムーアの答えはこうだった。
「大企業が僕の作品を上映したり放送したりするのは、それがカネになるからさ。作品が大企業の主義主張とは違っていても、彼らは、カネ儲けになることなら何でもやる。つまり自分の首を自分で絞めるための道具を売ってでも、カネを儲けたいという狂ったメンタリティーなんだ。僕の目的は、ブッシュを阻止しようというメッセージを多くの人に届けること。だから、その手段として彼らのメディアを使うんだよ」

「ブッシュ再選阻止」を繰り返すムーア。彼の映画を観てから、投票登録に行った学生たちも多かった。

 したたかな計算で、自らの主張を強烈に打ち出してくるムーア。私の友人の新聞記者のライアンはこの映画を見てこう言った。
 「ムーアの作品は、いわゆるジャーナリズムじゃない。でも並のジャーナリストには真似できないようなインパクトのある手法で、問題の核心をつきつけてくる。僕は彼に対して限りない嫉妬を感じるよ。少なくとも『ムーアがこれを作っていた間、僕はジャーナリストの端くれとして、何やってんだ?』って思うよ」

 ライアンの言葉は、私の胸にチクっと刺さった。
「あなたは何をしているのか?」
観る者にそれを深く問うという意味でも、ムーアの作品は爆弾だ。

「Do Something」。映画のクレジットの最後にこんな文字が出てくる。その途端に、客席から拍手が上がった。