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8月の終わり。シカゴに滞在していた私は、道端のネットカフェでメールチェックをしていて、初めて、友人の悲劇を知った。
『ミホとラシュマへ=アドバイスをお願いします=リサより』
ズーコフ教授の調査報道クラスの仲間、リサからのメールだった。正確には、来期の授業担当のベールズ教授に当てたメッセージのコピーだった。
「先生、インターンシップ先の希望についての返事が遅れてしまってすみません。実は私と母と弟が住んでいた家が、先週燃えてしまい、母が亡くなりました。家が燃えたことは何とか耐えられるとしても、母を失ったことは非常にショックです。今期、果たしてフルタイムで勉強を続けられるのか、まだわかりませんが、できれば続けたいと思っています……」
活字を目で追いながら、頭が空白になった。信じられなかった。リサの口からは「私のマザーがね」という言葉が1日に5回以上は必ず出てくるぐらい、ふたりは一番仲のいい親友だった。私がリサの家に電話すると、お母さんが「あらー、ミホ!」といつも弾むような声で出て、こちらまで気持ちが晴れ晴れした。そのお母さんが……。
いてもたってもいられず、リサの電話番号をプッシュした。家が燃えてしまったわけだから、電話がつながらない可能性は高いのだが、他に方法がない。
| 縦列駐車をする引っ越しトラックたち。この光景を見ていると、世の中、すべてが移り変わっていくのだ、と感じる。なにひとつ一年前と同じものはない。すべてが変わっていく。街も人生も。 |
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「プルルル…プルルル…プルルル……」
「もしもし?」男性の声。つながった。
「あ、あの……リ、リサはいますか?」
「いや、ここにはいません」
「あ? その声はケイラン?」
「あ、そうだけど……」
「ミホです。ミホ。怪我はないの?」
電話に出たのはリサの弟だった。
「う、うん。ありがとう……」
ケイランの声は憔悴しきっていた。こんな時に一体何を言えばいいのだろう。私は「アイアム・ソーリー」という言葉しか言えない自分に苛立ちながら、ケイランの言葉を待った。
「キミが電話してきてくれたこと、リサに伝えるよ。家は燃えてしまったけど、何とか電話線はつなげられたから」
「ケイラン、だ、大丈夫?」
「なんとかね。ただ、今、僕の名前はメディアのあちこちに載ってるから…」
「え? 何のこと?」
「そうか。知らないのか。じゃ、僕の名前でググッてごらん。山のように記事が出てくるから。とにかく電話ありがとう。リサに伝えるよ。神様の祝福がありますように」
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リサの悲劇が起こったのは、ちょうどボストンの学生たちが大移動する時期。新学期直前に引っ越してくる学生で街は大騒ぎ。リサのお母さんは、リサの宿題も一緒に手伝う気丈で頭の切れる才女だった。
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電話が切れた後、私はコンピュータに飛びつき、リサの弟のフルネームをタイプした。
すると、ボストン・グローブ紙、パトリオット・レジャー紙などボストンの地元紙の記事がごっそり出てきた。火災当時にリサの弟が家の近くを歩いていたという近所の人々の証言があり、さらに母親の死は他殺の可能性が強く、リサの弟が容疑者の可能性もあるという論調の記事で埋め尽くされていた。
な、なんてこと……。私はコンピュータモニターに頭をぶつけたくなった。
夜にやっとリサと連絡が取れた。
「ど、どう?大丈夫?」
大丈夫なんかじゃないことは、当たり前だった。でも、他に言葉がなかった。
「あー……、ミホ。ありがと。何とか……ね」
お腹の底から絞り出すような声だった。
「新聞読んだ?」とリサ。
「う、うん……」と私。
「パトリオット・レジャー紙はね、実はいつか働いてみたいなと思ってた新聞だったの。でもウチの母はいつも『あんな二流紙』って馬鹿にしてた。で、結局は母が正しかったかも。だって記者は今回、うちの住所のストリート名を間違えて記事に書いてるんだから。ウチの父が生きてたら、まず怒ってるわね」
そう言って弱々しく笑った。
リサの亡くなったお父さんはボストン・グローブ紙で23年間、コピー・エディターとして働いていたのだった。
「ケイランはどうしてるの?」
「落ち込んでるわ。ウチの弟がお母さんをどうこうするなんて、絶対できるわけないのは私が一番よくわかってる。彼はあちこちのメディアに容疑者みたいに書かれて落ち込んでる。私が何とか守ってあげられればいいんだけど、どうしたらいいと思う?」
容疑者を特定するのに、家族のメンバーをまず疑うというのは定石なのかもしれないが、有罪が確定するまで、彼はあくまで無実なのだ。しかも警察は彼を容疑者と確定したわけでもない。私は彼らの友人だから、どうしたって感情的にリサや弟の側に立ってしまうし、純粋に客観的な立場を保つことはできない。
| 町中がカオス。捨てられ、放置される家具の山と、その横で眠っている酔っぱらいのおじさん。これが夏の終わりのボストンの素顔だ。 |
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一体どうしたらいいんだろう?
「で、記事を書いた新聞社はあなたたちに連絡取ってきたの?」
「ううん」
ということは遺族へのインタビューなしで記事が書かれていたのか。ちょっと驚きだった。
「私、新聞社に連絡取ってみる」
リサは決心したように言った。
「だってこのままじゃ、一方的にウチの弟が悪者にされたままだもの」
翌週、同じパトリオット・レジャー紙に『姉が語る:私の弟は母を殺していません』という記事が載った。
リサの弟を信じる姉としての必死の思いが紙面に溢れていた。
そしてその夜、リサはスーパーの夜勤のバイトに復帰した。彼女の闘いは始まったばかりだ。
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