第24回 僕がブッシュに投票する理由
 「昨日のブッシュのスピーチを聞いた?、僕は、この国が、ついに自分の知らない国になっちゃった気がしたよ……」
 ブッシュ大統領が共和党党大会で演説した翌日、ビジネス講座担当のウレネク教授は、どっと落ち込んでいた。
 私の脳裏に浮かんだのは、熱狂的なブッシュ支持者たちが被っていた象牙色のカウボーイ・ハットだった。何百というカウボーイ・ハットがマディソン・スクエア・ガーデンで揺れる。まるで新興宗教の信仰の現場のような「濃さ」だ。
 一体どう思考すれば、フツーのアメリカ人が、ブッシュにあれだけ熱狂できてしまうのか、私にも、それはまったく理解できなかった。

民主党大会の会場で、体中に「ケリー」や「ノー・ブッシュ」のバッチをつけた女性がいた。ボストニアンはこの手のバッチをしょっちゅう目にしているので、彼女を見て驚く人はいないかも(写真をクリックするとアップ画像が見られます)。

 これまでもアメリカ人を「理解できん」と思った瞬間は何度かあった。例えば、綺麗にラッピングされたクリスマス・プレゼントの包装紙を、彼らが何のためらいもなく、バリバリ破いてしまう時。また、つき合い初めて間もないボーイフレンドやガーフルレンドを、すぐに両親や家族との旅行に連れて行ってしまうカジュアルなオープンさ、などなど……。
 だが、今回は、アメリカ人であり、パパ・ブッシュとジョン・ケリーに直接インタビューしたことのある教授ですら、頭を抱えて理解に苦しんでいるのだ。
 「自分が全く理解できない思考をするリーダー。その人に熱狂し、共鳴する人々が、自分の国にあれだけ大勢いるという現実……。ものすごく怖いよ」と教授。
 ここボストンのあるマサチューセッツ州に住んでいる限り、アメリカでのブッシュ人気の高さを正確に把握することはかなり難しい。民主党のジョン・ケリーの本拠地だから「ケリー」や「ノーモア・ブッシュ」のサインは溢れているが、「W」や「ブッシュ&チェイニー」のサインはほとんど見かけないからだ。
 だが、全米で恐らく最もリベラルな地域の一つであるこの地にも「投票するならブッシュ」というヒトは、やっぱり確実に存在する。

 私は「この土地のリベラルさをこよなく愛してるけど、あえてブッシュ支持」と言う友人にあれこれ聞くことにした。
 教育コンサルタントをしているカール。私がボストンに引っ越してきて右も左もわからなかった1年前に「ボストンの掟」を色々教えてくれた人である。
 ゲイ、レズビアン人口比の高いリベラルな地域、ジャマイカ・プレインの住民で、アフリカン・アメリカン。MBAを持ち、つい最近まで、高校で「アントレプレナー講座」も教えていた。世界中から何人もの留学生を自宅に受け入れてのホスト・ファーザー歴も長いらしい。
 そんなカールの理論はこうだった。
 「僕はケリーには投票しないよ。彼はイラク戦争に賛成の1票を投じながら、今になって、あの戦争は間違いだったと言ってブッシュを攻撃している。ブッシュはマヌケだし欠点も多いけど、国民をテロから守るという国益を一番に考えて決断した。その行動には一貫性がある。国民を守るべき国のリーダーにどっちがふさわしいかは、明確だと思うんだ」
 「それじゃ、ブッシュが演説で言った通り、イラク戦争のおかげで世界は前より安全になったと思うわけ?」と私。
 するとカールは言った。
 「イエス。サダム・フセインの危険性を考えれば、第2の9.11が起こる前に、可能性を潰しておく必要があったから」
 「大量破壊兵器が発見されなくても? サダム・フセインと9.11のテロに直接つながりがなくても? おまけに何千人という人命が犠牲になっても??」
 するとカールは、ちょっと考えてからこう言った。
 「例えばね、君の家の3軒隣に住んでいる人間が、君の家族をいつか攻撃しようと計画していることがわかったとするよね。その場合、君は何もしないの? 僕は自分の家族を守るためには、最終的な方法として先制攻撃もありだと思ってる。もちろん情報は慎重に検討すべきだけど、決断を下すべき時を逃したらダメなんだよ」

ブッシュ支持をここまでどーんと打ち出す例はボストンでは非常に珍しい。共和党員のニコラス君(右)とライアン君。「多くのリベラルな中年層は、僕ら若い世代がなぜ共和党に惹かれるかわかってない。それが彼らの悲劇だ」と言うニコラス君。
 どうやら、彼のブッシュ支持の理由をつきつめていくと「自分と自分の家族を最悪の危険から守ってくれそうだから」という点に集約されるみたいだった。
 アメリカがイラク戦争をゴリ押ししたことで国際社会から孤立し、世界で新たな憎悪を生み、その結果、アメリカがより大きな危険にさらされている、という認識は、異文化に理解の深いはずのカールの中に、全く存在しないんだろうか?
 「反米感情は今に始まったことじゃないしね。クリントンだって他国を攻撃してたから。ブッシュだけがなぜ特別悪く言われなければいけないんだい?」
 な、なぜって……。
 「だいたいね、貧困地域で育って、12歳の時から毎日働いてきた僕にしてみれば、リッチな白人で、銀のスプーンをくわえて生まれてきたようなケリーもブッシュも、向こう側の世界の人間なんだ。自分側の世界の人間じゃないんだよ」
 だったら、民主党とか共和党とかいうラベルよりも、どちらが自分の身をより守ってくれそうか、に絞って選ぶのが理にかなっているというわけか。
 「本当にそうなのかな……」
 納得できない顔をしていた私を見て、カールは最後に言った。
 「ブッシュじゃこの先怖い、と思う人がいるように、僕にとってはケリーじゃ、この先どうなっちゃうか、不安なんだ」
 ウレネク教授の「恐怖」とカールの「不安」。この二つの感情がぶつかり合う2カ月後、この国のひとびとは、一体誰をリーダーに選ぶのだろうか。