第26回 いきなり全員「F」評価 「鬼」オーリーの309号教室
 「ウチは全米でベストのジャーナリズム教育をしています」
 教授たち自らがそう真顔で断言する学校、ノースウェスタン大のジャーナリズム大学院に移籍した。
 「私たちはナンバーワンです」
 「君たちを徹底的に訓練して、どこに出しても恥ずかしくないジャーナリストに育てます」
 そんな言葉が、どの教授の口からも、ぽろっと出てくる。まるで「今日の夕飯の献立はカレーです」と言うような、ごくごく当たり前のノリで「ウイー・アー・ザ・ベスト」というフレーズがどの教授からもサラッと出てくるのだ。何なんだろ、この絶対的な自信と空気と化したエリート意識は……。
 「教授達は有名人を揃えました。スゴイでしょ! ハイ。あとは勝手に自分で勉強してね!」という見栄っぱり&放任主義のボストン大とは、同じ大学院でも空気が全く違う。

日曜日。朝目覚めたら、家の前を何千人ものランナーが疾走していた。シカゴ名物シカゴ・マラソン。

 オリエンテーションに集まってくる学生たちの列をボーッと見ていて、ふと、彼らの外見もボストン大の学生とかなり違うことに気づいた。

 男子学生は、青いワイシャツにカーキパンツ姿が多く、女子学生はそれなりに小綺麗でおしゃれな恰好。ボストン大のキャンパスによくいるようなスパイキー・ヘアやスキンヘッドの学生がひとりもいない。ゲバラTシャツを着てカーゴパンツを履いている学生もゼロ。おまけに、頭にターバンを巻いたり、サリーを着ている留学生がどこにもいない。

 うう。何でもアリのボストンが恋しい……、そう思った瞬間、隣の席に座った学生が挨拶してきた。
「ハーイ。よろしく。僕はニューヨークから来たんです」
 ロー・スクールを出たばかりという長身の青年、ゲイブだった。アイビーリーグのブラウン大学を出て、法律家を目指したが、司法試験の結果を待たずに、ジャーナリズムに方向転換したのだそうだ。ビジネスっぽい上質な皮のバッグから、ラップトップを取り出して、サクサクとメモを取り始めるゲイブ。言葉遣いも立ち居振る舞いも、ものすごく丁寧だ。

 両親は共に医師で、本人はマンハッタンで生まれ育ち、家から歩いて行けるコロンビア大学の誘いを蹴って、シカゴにやってきたそうだ。絵に描いたようなエリート層の見本を前に、私は「ブッシュかケリー、どっちに投票するの?」と聞きたくてウズウズしてきた。後で知ったのだが、ウチのクラスの女の子たちはゲイブのことを「お坊っちゃま弁護士クン」と呼んで、早速、明るくおちょくっていた。

 そしてオリエンテーションが終わり、授業が始まると、軍隊のような、不眠・不休の怒濤のトレーニングの日々がはじまった。ニューズ・ライティングの教授、オーリーが「よーい、ドン!」の合図をすると、クラスの面々が一斉に同じトピックで取材に走る。その後、速攻で教室に戻り、みんな一斉にコンピュータに飛びつく。 締め切りの午後3時半まで必死でガシガシとタイプをし、教授にメールで原稿を送る頃には、クタクタだ。それから深夜過ぎまで宿題の嵐……。

 原稿は数日のうちに添削されて返され、B-以下の成績を取ってしまうと恐怖の書き直しが待っている。
 事実を間違うと即「F」評価。ちなみに、最初に書いた警察関係の記事で、うちのクラス14人全員は「F」評価をくらってしまった。「おお、Fか……」、さすがにFという文字を見た時は私も心臓に悪いなあと思ったが、これまでの人生をずっと優等生で通してきたゲイブは、Fの答案を見て、ワナワナと震えていた。 

マラソンの一コマ。「お母さん頑張れ!」。この親子は延々何時間もママの勇姿を見るために待っていた。

「One for all. All for one」

 「ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために」……。これはアメリカの軍隊内でよく言われるスローガンなのだが、全員がFを取った日以来、うちの教室309号室では、この言葉が、毎日お経のようにブツブツと唱えられ続けている。「情報はみんなでシェアして、全員でとにかく助け合うこと。そういう態度でなければ、みんなこのクラスから卒業させないぞ!」 、そう言う司令官は「鬼」ならぬ、熱血教師オーリー。彼自身ノースウェスタンのJスクールの卒業生で、シカゴでビジネス・リポーターとして鳴らし、数々の賞も取っている。アジア系で、見た感じは「おっちゃん」という言葉がぴったりだ。

 おっちゃんとお坊ちゃま、そして残りの面々とは、この先7週間は、きっちり運命共同体の予定である。「いつか思う存分眠ってみたい」そんな希望を胸に、今日もみんな寝不足ハイで教室にやってくる。

 そんな頃「どうしてる?」とボストン大のウレネク教授からメールが届いた。すっかり忘れていたが、私はウレネク教授からノースウェスタンのビジネス講座の内容を教えて、と頼まれていた。そう「スパイしててきてね」と言われたのだ。
 私は教授あてにメールを書きながら、いつしか意識が遠のき、パソコンのキーボードの上につっぷして爆睡していた。