第27回 「投票に行くのが怖い」 新・移民たちのプライバシー
サリーを売る店にあった「ジョン・ケリー」の応援サイン。ブッシュ・サインは街中探してもなかなかない。
 最近、鬼オーリーの授業が終わると、一目散にバスに乗って、デュバン・アベニューにあるインド人街に飛んでいくのが、日課になった。

 3年前、友達に連れられて初めてこの街に来た時の印象は「おお、シカゴに秋葉原がある!」だった。
 このデュバン・アベニューを歩くと、香辛料のツーンとした匂いから、赤やショッキング・ピンクのサリーの色が五感をダイレクトに刺激してきて、「生きてる〜」という気持ちがフツフツと湧いてくるのだ。 

 実は正確にはここはインド人街ではなくて、インド人もパキスタン人もアラブ人もロシア人も、アフガニスタン人もイラク人も店を並べている、移民の国際エスニック見本市みたいな、混沌とした一角。一説には80カ国語が話されているとも言われている地域だ。

 ギンギラギンの成金趣味な金のネックレスを売るジュエリー屋、そしてその隣には「ラマダンを乗り切ろう!」という張り紙のある食料品店。「イラク通話ディスカウント・テレホンカード」というポスターが貼られた雑貨店。なんだか、街中が「ドンキホーテ化」しているのである。

 そんなある日、シカゴの移民ネタを探していた私は、とあるアジア・センターで、パキスタン人の女性スリヤとインド人の女性マンソリの2人に出会った。
 クスクスっと何やら笑いながらおしゃべりしているふたりとも、アメリカのシチズンシップを取るための教室に通っているのだという。家族全員で移民してきて2年目だそう。

 あれ? インドとパキスタンといえば、核その他を巡って、一触即発の間柄じゃなかったっけ……?
 そう切り出すと、スリヤとマンソリは「うふふふ」と笑った。
 「あのね、国の事情は別として、インド人とパキスタン人は兄弟みたいなもんなの。言葉だって、ヒンディ語とウルドゥ語はすごく似てるし、完璧にお互い通じ合えるもの」
 スリヤはそう言った。さらにふたりはイスラム教徒なので、ラマダン(断食)の1カ月を一緒に乗り切るべく頑張っているのだという。
 「誰も見ていない時、こっそり食べたくなったりしない?」と聞いたら、ふたりとも目を丸くして、一気にブルンブルンと首を横に振った。
 「そ、そんなこと! 神様が見てるもの。神様は何でも見てるのよ!」
 おお! 何と突っ込み甲斐のある、かわいい反応だろう。不信心な私は、すっかり嬉しくなってしまった。

お店の人に聞いたら、この「Freekeh」は緑色の麦だとか。街にはアラビア語の食品が溢れまくり、日没と共にみんな怒濤のように買いに来る。今月はラマダン月なので、日中は何も食べられず、水すら飲めないイスラム教徒たちは大変だ。
 「またね〜」
 スリヤとマンソリが手を振りながら家に帰った後、センターのディレクターであるヴァンダナという女性にこう聞いてみた。
 「ね、ね、イスラム文化圏の移民の女性たちは、ブッシュかケリー、どっちに投票するんでしょうね?」
 するとヴァンダナは額にシワを寄せてこう言った。
 「どっちにも投票しないと思うわ。本当に残念だけど……」
 「え? どうして? 市民権を獲得した人なら選挙権もあるでしょう?」
 「もちろん。私たちも市民権を獲得したら、すぐ選挙民登録の手伝いをして投票に行くようにと口を酸っぱくして言うんだけど……」

 コトの背景はこうだった。テロ後、移民局はイスラム圏からやってきた成人男子に名前と住所の登録をするようお達しを出した。テロリスト炙り出し政策のひとつという触れ込みだったのだが、裏を返せば立派な人種差別でもある。

 また、愛国者法が成立してから、移民のプライバシーと権利は目に見えて縮小され、母国に送金しただけで、FBIにいちゃもんをつけられるケースも出て、この街からもパキスタン人が何百人単位でごっそり引っ越してしまったそうだ。
 そんな状況で、アラブ移民やイスラム系の移民が、おおっぴらにブッシュ政権に反対票を投じたら、そしてそれが記録として残り、政府に調べられたら……、どうだろうか。

 「じゃあ、男性は危険を冒したくなくて投票しないとしても、名前や住所の登録義務のない女性なら、選挙に行っても大丈夫でしょ?」と再びヴァンダナに聞いてみた。
 「ううん、まず彼女たちのダンナが投票に行かせないのよ。夫が投票せず妻だけが投票したら、家庭に亀裂が入る元だと考える人が多いし。せっかく市民になって、投票という基本的人権を放棄してしまうなんて、本当にこんな哀しいことはないわ」
 ヴァンダナはアジア人コミュニティーの母的存在で「とにかく選挙に行きなさい!」とみんなに言いまくっているのだが、プライバシーがFBIに漏れるのを恐れる新市民の足を、投票場に運ばせるのは、非常に難しいのが現実だそうだ。

 選挙権同様、表現の自由という憲法で保証された権利もまた、非常に危うい状況にある。例えばアラブ人コミュニティーの新聞はシカゴではテロ後めっきり減って、今ではたった1紙のみになってしまった。
「テロリストに献金してる、と言われるのを恐れて広告主が新聞に広告を載せなくなった。だから新聞を出したくても、金銭的に出せないんだ」とアラブ人ジャーナリストでコラムニストでもあるレイが言う。

インド人街に行くと「金(キン)を買わんかね?」と至る所で誘われる。インド商人とアラブ商人に囲まれ「今日は金を買うのに最高に縁起のいい日だ」と言われても、「私は学生で、貧乏です」の一言でかわしまくるしかないのだ。
 原色の看板が溢れる明るいネオン街の裏には、そんな閉塞感が詰まっているのだった。

 ちょっと歩いてアフガニスタン料理屋で足を止めると、人なつこいおじさんが声をかけてきた。
 「イラクから来た」と言う彼の名前は何と「ジョージ」だった。
 「ジョージ・ブッシュと同じ?」
 「うん、同じ名前」
 なんだか、底なし沼に落ちていくような感じがするオチだった。