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マーラ・サドリノビッチ。50歳。旧ユーゴスラビア生まれ。彼女はアメリカに住んで39年になるのだが、永住権もアメリカ市民権も、出生証明書もパスポートも、とにかく「なーんにもない」というのだ。 「ノージョブ。ノー・ナッシング」 おまけに仕事も失い、住んでいたアパートは4日前に家賃未払いで追い出されてしまったという。息子は現在刑務所で服役中。マーラは友達のクルマの中で7歳の孫娘と、とりあえず雨露をしのいでいる。 ほとんど悲劇の雪だるまみたいな人生なのだが、本人のマーラは何となくヘラヘラ〜としていて、それほど絶望感が漂っていないのだ。 彼女の横では、孫のジュリアナちゃんが無邪気に友達と遊んでいる。 「国籍がないってどういうこと?」と聞くと、マーラはこう言った。 「私の母はジプシーで、私には出生証明書っていうものがないの。一家でイタリアを転々として、11歳の時、偽造パスポートを使って、家族でアメリカに渡ってきたから……」 で、さらに聞くと、マーラは、今後、アメリカの市民権も永住権も、まず取れる見込みがないという。アメリカで、犯罪を犯し、刑務所で服役した経験があるからだ。 「アメリカの移民局は、私を追い出そうとしたんだけど、私の国が私を引き取りたがらないのよ」 ある日、清掃の仕事を失ったマーラは、空腹に耐えかねて、ガソリンスタンドのレジから500ドル盗んだ。その後、逮捕され、刑務所から出てきたマーラを、移民局は強制送還しようとした。が、彼女の国、旧ユーゴ、つまり現在のセルビア・モンテネグロ側は「引き取れない」と突っぱねたのだと言う。 祖国から「いらない」と言われ、アメリカでも合法的に滞在できるビザはない……。つまり二つの国の間で「宙ぶらりん」なマーラ。そんな生活が40年近くも続くという人生を想像すると、頭がくらくらしてきた。
知り合いの弁護士のマイクはそう言って、中国領事館の文書を見せてくれた。それは、犯罪を犯した中国人青年の引き取りを、中国側が拒否することを記した文書だった。 「この青年はクレジットカード詐欺で逮捕されて、移民ビザも剥奪されたし、アメリカ市民権も取れない。だけど、中国が引き取らないと言っている以上、アメリカは彼を強制送還できないんだよ」 マイクによれば、強制送還できるのは、祖国が受け入れを許可している場合のみなのだそうだ。 「しかも、ジプシーの場合は国自体がないしね……」とマイク。 しかし、不思議なことに、そんな「国のない」マーラは、なんと労働許可証と運転免許証という「菊の御紋」にも等しい強力な2枚のカードを、なぜか持っているのだった。 特に労働許可証は、合法的にこの国に滞在している外国人でも持っていない場合が多い。彼らにしてみれば、喉から手が出るほど欲しい最強のカードであることは間違いない。 「どこで許可証を手に入れたの?」 とマーラに聞くと「移民局で毎年更新してもらうの〜」と答えた。 「恐らく移民局が妥協案として彼女に与えたんだろうね。働けなければ、また盗みを働いてしまうかもしれないから。ま、彼女がどこまで本当のことを言っているかはわからないけど」とマイク。 合法的に働ける身分の彼女なのだが、マーラの面倒を見ているソーシャルワーカーによれば、テロ後、バックグラウンド・チェックが厳しくなり、犯罪歴のある人間が仕事を得るのは、厳しくなっているため、マーラを雇いたがる会社はほとんどないのが現状だという。 うーむ。運転免許証と労働許可証。この二つがあれば、タクシー運転手として生計を立てていくことはできるんじゃないだろうか? そう言ったら「それがねえ、免許がもうすぐ使えなくなっちゃうかもしれないの〜」とマーラが言った。 何でも、友達から借りたクルマのヘッドライトが壊れていて、警察に尋問され、クルマが保険に入っていないことがバレてしまったらしい。 「○月○日に裁判所に出頭すること」。そう書かれた書類をゴソゴソとカバンの中から出すマーラ。 学校に通った経験がなく、英語が読めないマーラは、あやうく出頭日を間違えそうになっていた。 「もう盗みもしないし、ドラッグも辞めた。だから仕事が欲しい」 しみじみと言うマーラ。そして、そんな崖っぷち人生の彼女の隣で、何も知らず、明るい笑顔で遊んでいる孫のジュリアナちゃん。 せめて彼女たちが安全に眠れる場所があってほしい……。そう願いながら、国って、国籍って一体なんなんだという疑問がずっと頭を離れなかった。 |