第30回 「軍隊生活」10週間目の憂鬱
  このレトロないい感じの建物の中で、怒濤のトレーニングが日々行われている。ジャーナリズム大学院の横はミシガン湖のビーチ。湖を見ていると、カリカリした神経がちょっとだけ溶けてくる。
 月曜日の夜。シカゴのダウンタウンの大学のニューズルームで、エディティングの宿題と格闘していた。

 アテネオリンピックの記事に見出しをつけ、編集し、クオークで新聞の2面ページをデザインする、というのが学期末の課題なのだが、エディティングの授業のこれまでの成績が散々な私としては、「もう神様助けて〜!」の世界なのだった。

 かっこいい英語の見出しが全然思い浮かばない。そして、与えられた記事の中には、教授がわざと付け加えた無数の「文法の間違い」が隠されているらしいのだが、それが見つけられないのだ。
 英語ネイティブの人にすれば、「あ! このカンマの位置は違うぞ」とか「お、この関係代名詞は場違いだ!」とスカベンジャー・ハントのごとく楽しめるはずのこの「間違い探し」なのだが、私にしてみれば、いくら目を皿のようにして呼んでも、どの文章もごくごく正しく感じてしまうのだ。保護色の葉っぱにそっと寄り添う緑色のカメレオンのような「間違い」たちを探してモニターを眺め続けていると、だんだん発狂しそうになってくる。

 さらにソフトのクオークが上手く使えず、時々間違えて全てを削除してしまい、30分に一度は壁に思いっきり頭をぶつけたくなる。日本では雑誌の編集でご飯を食べていた身なのに、このトホホなレイアウトったら……。改めて、これまで一緒にお仕事をさせていただいた全てのデザイナーの方々に絶大な尊敬の念が沸々と湧いてくる。
 それにしても、極度の睡眠不足で、脳はとっくにウニ化&ゲル化しているわけで、そんな頭からフレッシュなアイデアが湧いてくるはずもないのであった。

 ちょっとだけ現実逃避しよう、とメールチェックをすると、ニューズライティングの授業担当の先生のオーリーからメールが入っていた。
 「ミホへ。キミ、書き直しの課題が残ってるけど、悪いけどもう締め切っちゃったから、出さなくていいよ。その替わり、その分は成績にバッチリ反映するからそのつもりで」

 ガーン!!!!! そ、そんな!!
 ニューズライティングの授業では、「B−」以下の点を取ると、書き直しが義務で、私はスペリングとファクツを間違えて「F」評価を2つ取っていたのだった。もちろんあと他に「C」も取っていたのであるが。
 しかし、「F」が最終評価だと、成績急降下である。いや、はっきり言って卒業できないんじゃないだろうか?

 一気に脳が覚醒し、慌ててオーリーの電話番号をプッシュした。
 「オーリー! 書き直しは今すぐ送ります。なんとか受け取ってもらえませんか? お願いします」
 「おおミホか。悪いけど答えはノー。もう締め切ることにしちゃったからダメだよ」
 「そ、そんな!まだ学期は終わってないじゃないですか。記事の書き直しが無理なら、せめてファクツの間違いだけでも訂正させてもらえませんか? Fじゃ落第しちゃいます!」
 「これから気をつけなさい。今回はもうダメ。キミはこれからグループワークの課題があるだろ。キミが1分でも書き直しに割いていると、キミのグループに迷惑がかかる。だから書き直しは許可できん」
 「もちろんグループワークの時間中には書き直ししません。取材ができない深夜過ぎにやります!」
 「それじゃ疲れちゃって翌日のグループワークに支障が出るからダメ。とにかくダメなものはダメなのだ」
 受話器を置くと、自分がクラゲかミジンコになってしまったような気がした。そして目の前のエディティング課題が「宿敵」に思えてきた。

 
  ノースウェスタン大学の正門(だと思う)アーチ。ここを通るとほぼ99%の確率ですごく太ったリスを見かける。夜にはイタチも出現。
うう、この課題に振り回されて、時間を取られ、肝心のニューズ・ライティングで「F」評価を食らうことになるなんて……。
 頭を冷やすべく、廊下に出てぼーっと外の夜景を見る。クリスマスの飾り付けがピカピカしている。
 よし。確かに速攻で書き直しを提出しなかった私に非があるのは当然だ。もう受け取らないと言われてもそれが彼のルールなら仕方ない。
 ただひとつだけカチンときたのは、中学生ではなく、大学院生なのに、自分の時間をどう使うかまで、なぜ先生にコントロールされなければいけないのか、ということだ。

 そう言えば、オーリーは飲み会でこう言っていたことがあった。
 「君たちが他のクラスでどんな点を取ろうが、僕には全く関係ないし、正直関心もない。君らが僕のクラスに全力とできる限りの時間を注いでいるかが、僕の関心事だから」
 この言葉を思い出したら、なんだかだんだん腹が立ってきた。オーリーの並々ならぬ教育へ情熱は無条件で尊敬するが、なんだか、すべてが軍隊っぽいのだ。

 クラスでは指揮官オーリーのルールに従い、いかに速く、正確なニュースが書けるか、が全てである。
 ニュースの書き方にしても、どんなネタであっても、どこに取材対象者の発言を入れるか、すでにフォーマットが決められており、その通りに書かないといい点が取れない。
 厳しいトレーニングを望んでこの学校に来たものの、なんだか心に澱が溜まっていく気がしていたのだ。
 3日後、ある英文学の教授が書いているブログの中で、こんな文章を見つけた。
 「ノースウェスタンのジャーナリズム・スクールが育てたいのは、精巧なロボットのように記事が書ける者であり、そのための訓練を厭わない者たちのみが、あそこでは生き残る。私は途中でそういう人間ではないと気づいてしまったがね。キミがもしあそこでいい成績を取れないとしたら、キミの中の何かが、そういう人間になることを無言のうちに拒否しているという証明かもしれない」

 ちょっとドキっとした。
 また今夜も眠れないまま終わりそうである。