第31回 「Sink or Swim」なクリスマス
  アメリカではホンモノの大きなクリスマスツリーが人気だが、小さなアパートに住むひと向けの、ミニサイズ・ツリーもやっぱりしっかり売られている。
 院の成績表が出た。出たと言っても紙の通信簿ではなく、ウェブ上で自分でコードを入力して見るタイプなのだが、一目みて、絶句した。どひゃ〜! こ、こんなに悪いとは……!! 零下12度以下というシカゴの凍てつく寒風が、脳細胞に直撃したようなショックだった。

 オーリーのニューズ・ライティングのクラスの点がどどーんと悪いのは、前回のコラムに書いたように、私が書き直しの提出をさっさとしなかったから自業自得なのだが、エディティングのクラスの点は最悪だし、頼みの綱だった「グローバル・セミナー」のクラスまでBだった。グローバルのクラスの今までのレポートの点数はB+とA-。だから最低B+は取れると期待してたのに。

 ほとんどムンクの叫び状態だ。
 私は本来、成績にこだわりすぎる学生を見ると「けっ」と思ってしまうような人間なのだが、今回ばかりはさすがに体中に鳥肌が立った。

 大学院の場合、学部と違って1回でもCを取ろうものならキックアウトされてしまう可能性があり、成績平均点3.0以上をキープしなければならない決まりなのだ。ボストン大の頃は一応、平均3.6を維持していたのだが、それも、今では昔のおとぎ話に過ぎない。

 「ど、どうしよう〜!!」
 慌ててミシガンに住む友人のケリーに電話した。彼女は地元のコミュニティー・カレッジの先生だ。
 「ケリー、悪すぎる。成績が……」
 ケリーはノースウェスタン大にアプライする際に推薦状を書いてくれた恩師でもあるし、学生の採点をする身だから、私の立場もきっと冷静に判断してくれるはずだ。

 するとケリーはこう言った。
 「私も大学院時代は成績でものすごく悩んだの。授業に行く度にドキドキして、いつもナーバスだった。みんなこういうことはおおっぴらに言わないかも知れないけど、アメリカ人の学生も成績で落ち込んでいる人は大勢いるのよ。私なんか、鬱病の一歩手前だったと思うよ、あの頃」
  アメリカのクリスマスは家族で一緒に過ごす、が基本。クリスチャンだけではなく、いろんな宗教を信じる人々が住む国だけに「メリー・クリスマス!」ではなく「ハッピー・ホリデイズ!」と声をかけるのが普通だ。
 ええっ?? ケリーと言えば、北極探検隊に参加してしまう程の度胸と知力と体力の持ち主で、人類学を専攻したミシガン大でも、とびきりの優等生だったと聞くのに。

 「大学時代と院は違ったわね。大学でAが取れても、院では取れなかった。成績で人間性なんて測れないって心の底で思っていても、必死にやっているのに、実際にまともな成績が取れないと、一気に人格否定されたように感じてしまうのよね」
 ケリーの言葉がひとことひとこと身に沁みた。そうなのだ。怠けていて成績が悪かったのなら、まだ救いがある。100%努力すれば、きっと今以上の成績が取れるのだから。
 だが、寝る暇も食べる暇も削って、毎日ヘロヘロになりながら、こんな成績しか取れないと「あなたという人間には価値はありませんよ」とハンコを押されたような絶望的な気持ちになってしまうのだ。

 「ミホ、大学院ではね、誰にも評価されなくても、自分を信じて自分を絶えず励ましてやる癖をつけないとダメだよ。アメリカ人の学生でも大変な時に、母国語でない言葉で勝負しているあなたは、もっと大変なんだから、自分で自分を褒めてやらなきゃ」
 凍傷一歩手前になりながら、北極点まで自力でたどり着いたケリーにそう言われると、誰に言われるよりもズンと説得力があった。

 そうだ。落ち込んで自分を責めてもしかたがない。ぐちぐちと悩んでいる暇があったら、少しでも成績を上げるにはどうすればいいかを考える方がずっと建設的なはずだ。そこで、アパートの部屋の床いっぱいに、これまでの全てのリポートとテストを広げてみた。
 まず、エディティングのクラスの小テストの点が何と言っても一番悪い。それにニューズ・ライティングのレポートでは、細かい文法ミスが目立った。つまり、私の最大の弱点は文法とボキャブラリーなんじゃないか?

 
  極寒のシカゴで、つかの間の日向ぼっこをするリスたち。さて、この写真の中に何匹いるでしょう?
ボストン大の時には、外国人留学生も多かったためか、文法で厳しく減点されるということがなかった。だが、ここノースウェスタンでは、担当の教師のオーリーから「アメリカ人学生と同じように書けなければ全然ダメ」と何度も言われた。

 一体どうやったら、限られた時間内に、ネイティブと同じ速さで、同じレベルの文章が書けるようになるんだろう? いや、一体そんなことが可能なんだろうか? どうやったら? 「それは僕には教えられない。自分で何とかしないとね」とオーリー。

 つまり、ここノースウェスタンでは「Sink or Swim」、溺れたくなかったら、自分で何とかしろ、ということなわけだ。
 新学期まであと2週間。この限られた時間内で一体何ができるのか。
 息が詰まりそうになって外に出ると、ミシガン湖が鉛色に濁り、荒海のようにうねりを見せていた。

 「Swim Swim Swim」とつぶやく。
 そしてダウンタウンまで歩くと、街のあちこちにサンタ・クロースがいた。白いヒゲと赤い帽子を見ると、思わずサンタの元に駆け寄って、こう言いたくなった。
 「ネ、ネイティブと同じ英語力をく、ください〜!!」