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「さあ!サイエンス班のみんな、今日も張り切っていくわよおおお!」 超音波に限りなく近いアビゲルの高音の声が延髄に響くたび、「このヒトは、きっと別の惑星から来たに違いない」と思ってしまう。 年齢はおそらく50代半ば。ファッションは日本のバブル期のOLっぽいテイスト。4人の子持ちで、シカゴ・トリビューン紙のライター経験も長く、著作も何冊かあるらしい。 「グッド・ジョブ!」が口癖で、いつでもハイテンションなアビゲル。エディティングの遅さには定評がある彼女は、とことん粘着質である。他のチームの記者が全員帰ってしまっても、科学班の我々だけが居残って、アビゲルから記事のオッケーが出るのを延々と待つのである。 例えば今日はこうだった。 アビゲル「あなたの記事の精神病院の正式名称はこれで正しいの?」 私「はい。広報担当に電話で確かめました。確実です!」。 アビゲル「そう。でもなんかこの名称、長すぎるわねえ〜。やっぱりもう一度確認してきてくれない?」 私「……は、はい」。 広報に再度確認の電話を入れる。 私「間違いありませんでした」 アビゲル「そう? でもやっぱりなんか不自然な名前なのよね。そうだ。シカゴ・トリビューン紙はどう表記してるか調べてくれる?」 私「……し、調べてきます!」 慌ててレクサス・ネクサスでトリビューンの記事を検索し、プリントアウトしてアビゲルの元に戻る。 彼女は、コンピュータ画面上の私の記事に、凄い勢いで何かを書き足しているところだった。 「アビゲルがエディットしている時は絶対に目を離すな」。 同じチームのエレックの一言をとっさに思い出す。彼が書いた遺伝子操作に関する記事を、アビゲルが添削した時、事実とは異なる表記を文章中に挿入したのだという。エレックの顔は怒りで真っ赤だった。 「エディターがわざわざ間違いを加筆していく。精魂込めて書いた記者にとってこれ以上の悪夢はないよ」
私たちの書いた記事は、学校の運営する通信社経由でシカゴ郊外の新聞社に送られるし、記事は全て署名記事だから、間違いは即、書いた記者本人の責任になるのである。 「エディターが間違えたんです」という言い訳は一切通用しない。ヘタしたら、1つのミスで、キャリアがおじゃんになる危険性もアリだ。 私はアビゲルの横にぴったり座り、彼女がコンピュータのキーを打つたびに、一文字も見落とさないよう、まばたきを必死で止め、息をごくりと飲み込んで見守った。 2時間後。ついに「オッケーよ」の言葉をもらった。やれやれ。「これは朝一番でクライアントの新聞社に送りましょう」とアビゲル。 そして翌朝、ニューズルームに着くと、エディティングが終わったはずの私の記事を、アビゲルが再度添削しているところだった。 「ミホ、ここの裁判の表記なんだけど、判決をもっと具体的に書いた方がいいんじゃないかしら……」。 えー?オッケーだったんじゃないの?と内心ガクッときた。 が、気を取り直してアビゲルの隣で、記事を目で追っていくと、彼女の指摘は、悔しいが当たっていた。 私が書いた判決のくだりは、言葉足らずで、読者の誤解を招く恐れが確かにある。これは書き直しだ。 「アビゲル、何だかんだ言っても、やっぱり実力あるのかも……」。 ハミングしながらカチャカチャとキーを打ち、判決文の要約をするアビゲルを、私は心の底で見直した。 ふと回りを見れば、他の教授やエディターたちは、記事1本の添削につき15分ぐらいしか費やしていない。エディターの隣の席に座る学生がひっきりなしに入れ替わり、まるで原稿製作ファクトリーだ。
「私、最近、うちの子供達に、ママって宇宙人みたいって言われたの」 アビゲルが甲高い声で言った。 私たちは声を殺して笑うのに精一杯だった。スマートでビジネスライクでつき合いやすい教授たちは何人もいるけど、きっと今から何十年かして、思い出す教授は、宇宙人のアビゲルなんだろうな、と思った。 |