第36回 「白い」学校のマイノリティー考現学
ニューズルームで「残業」するケレン。首に巻いているマフラーとベージュのトレンチ・コートが彼女の定番。大学でラテン語を専攻し、ブルックリンで新聞記者をしていた。
「うちの学校って全く何でこんなに白いのよっ〜。ったく!!!」
 オーリーのイントロ・コースで一緒だったケレンと久しぶりに飲みに行った夜、彼女がこう叫んだ。

 実はボストン大からノースウェスタン大に移籍して、私が一番気になっていたのがソレだった。クラスをぐるっと見回すと9割以上が白人アメリカ人。黒人男性はゼロで、外国人学生は私を含めたった3人だけ。
 ミシガンの田舎で白人ばかりに囲まれて数年過ごし、「白さ」にはある程度免疫があったはずの私だが、あらゆる人種が混在する大都会シカゴにある大学での、この漂白されたような白さには面食らった。これって、一体何なんだ……? と、のっけから違和感で一杯だったのだ。

 ケレンは白人だが、自らエスニック・マイノリティー・ビート(地区)担当を志願したぐらいで、将来はアフリカで取材活動をするのが夢。
 前学期は一緒につるんでシカゴ最大のエスニック・タウンがあるデヴォン・ストリートを取材し、アフガニスタン料理店やアラブ系の食料品店に入り浸ったものだった。

 アルコールに目がないケレンは、ブランド物で着飾る金髪の女子学生を尻目に、着古したトレンチコートを羽織って、刑事コロンボ(古い!)ばりの恰好で、チェーンスモーカーという、一緒にいて「ほっとできる」愛すべきアウトローである。
 「それにしても『グローバル・セミナー』のクラス、どうにかしてほしいよ〜」とケレン。

  グローバル・セミナーとは、一言で言えば、ドメスティックなアメリカ人学生向けの「もっと世界に目を向けましょう」的な選択課目で、「中東、アジア、ヨーロッパのホットな話題についてディスカッションする」という授業である。教授は英エコノミスト誌のアメリカ人記者だ。
 私は前学期取ったが、3カ月のクラスの間中「グローバリゼーション」という言葉ばかり繰り返し強調されるのに、かなり疑問を持った。

白一色のニューズルームを一歩出れば、そこはさまざまな人種の行き交う大都会シカゴ。
 アメリカ人にしてみれば「グローバリゼーション=国際化、地球はひとつ」みたいな感覚なのかもしれないが、非アメリカ人の私にしてみれば響きは全然違ってくる。

 アメリカ人の使う「グローバリゼーション」はそのまま「アメリカ・ナイゼーション」に聞こえ、ブッシュが言うところの「自由を世界に広めよう」的な強烈な゛うさんくささ"と、超大国がそれ以外の国を搾取する経済構造を思わずにはいられない。

 そうケレンに言うと、彼女は立ち上がって言った。
 「そうそう! だけど、それを言う学生がクラスに1人もいないんだよ」

 そしてケレンはこんな話をした。
 「異文化と共存するということについてどう思うか」と教授が学生に聞いた時、テキサス出身で、裕福な家庭に育ったある女子学生が、こう言ったのだそうだ。
 「将来子供はバイリンガルに育てたいから、スペイン語とアジアの言語ができるメイドたちを雇うわ」
 私は飲んでいたアップル・ジュースを吹き出しそうになった。「メイド」という単語にも驚いたが、それが単数形ではなく複数形とは……。

 「やってらんないよ、全く」とケレンはタバコに火をつける。
 そう言えば、前学期に「グローバル・ツアー」なるものがJスクール主催で行われたのを思い出した。

典型的(?)シカゴ・ファッションに身を包んだ男性。ジャケットが脱げる春はまだまだ遠い。
 シカゴのサウスサイドや、デヴォン・ストリートなど「エスニック・マイノリティー」地域に、何台かのバスで出かけるというツアーだ。

 集合場所にはとりあえず行ったものの、豪華なバスが到着し、それに白人学生が次々に乗り込む光景を見ると、私は直感的に「行きたくない!」と思った。サファリパーク・ツアーのように、マイノリティーの住む場所をバスで見物するなんて、そんな無神経なことはできない、と思い、とっとと帰ってきた。

 そして外国人学生の多いボストン大だったら、こんなツアー自体、企画されることはないだろうと思うと、急にボストンが懐かしくなった。

 そんなある日、「グローバル」の授業で、アフリカについてのディスカッションに当てられる時間がほとんどないと聞き、ケレンが切れた。
 「これって、アメリカのメディアがいかにアフリカを軽視して、紙面を割かないか、その現実をまさに象徴していると思いませんか?」

 今まで一度も発言しなかったケレンが手を挙げてそう言うと、一瞬クラスがしーんと静まり返った。
 その後、教授は慌ててアフリカ関係のゲスト・スピーカーを呼ぶことに決めたのだ、とケレンは苦笑しながら付け足した。
 「おつむの出来」や出身大学でお互いを格付けすることに慣れた白人優等生たちの中で、ケレンはその世界の価値観に違和感を抱いている。
 彼女みたいな隠れマイノリティーは実は結構いるのかもしれない。