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ユナイテッド航空やボーイング社など、何かとニュースの多い大企業の本社がイリノイ州にある「交通ビート」は人気だし、製薬会社ビートは「クリップ」つまり「記事」を稼ぎやすいとの噂で競争率が高い。 そこで私はダークホース的な「食」業界を第一志望にした。「シェフ」の世界を一度のぞいてみたい、というミーハーな願望からである。 晴れて「食」担当になり、迷わず電話をしたのは、ケンドール・カレッジというシカゴの「料理学校」。大人気というお菓子作りのクラスの教授に早速、取材交渉してみる。 「……もしもし、あの、ベイキング・ペイストリー学科のテンバーゲン教授ですか?」 「イエース。今30秒しかないが、用件は何かね?」 「実は、先生のクラスを取材したいんですが、お会いできますか?」 「そうかね。それでは水曜の朝5時に来なさい。じゃ!」 朝5時……。築地市場を取材するような時間帯である。コーヒーを3杯飲んでも覚醒しないカラダを引きずり、バスに乗ってカレッジに着く。 キッチンの扉を開けると……既にそこでは「料理の鉄人」みたいな光景が繰り広げられていた。 早朝にもかかわらず、白く輝くシェフ・ユニフォームをビシッと着込み、キビキビ動く学生たち。 アイスクリームやチーズ・ケーキなど、手元の作品はスイートなアート系なのだが、秒刻みで動き、「イエス、シェフ!!」と背筋を伸ばして教授に答える光景は、もろ体育会のノリである。 「かっこいい〜!」 キッチンの熱気と、香ばしいパンの焼ける匂いに眠気も吹っ飛んだ。 「おー、本当に朝5時に来たね。誰にでも自由に質問していいよ」 クラウス・テンバーゲン教授がやってきた。学生たちは彼を「シェフ・クラウス」と呼ぶ。バリバリなドイツ語アクセントと気難しい表情で、学生に細かい指示を出す姿は、まさに厳格なドイツ「職人」。 だが、撮影していると、学生の隣でピースサインをする、おちゃめなヒトでもあることがわかった。 「ワタシは生涯ベイキングとペーストリー作り一筋。料理は嫌いだ」 シェフ・クラウスいわく、パンを焼いたりお菓子作りをするには、材料の分量をきっちり測り、科学的に考えることが大切で、感性がモノを言う「Culinary」(料理)とは全く別の世界、なのだそうだ
「卒業したら、無農薬野菜を使ったヘルシーな料理を提供するレストランを開きたいんです」。 さらに36歳、大手エネルギー会社で経済アナリストだったバーナディーン。彼女は年収1000万円以上の高給を捨て、学生になった。 「給料と待遇は最高でした。でも、仕事には正直言って夢中になれなかった。残りの人生、情熱を注げることを仕事にしたかったんです」 彼女の夢は、フロリダの海辺の街でケータリング会社を興すことだ。 シェフ・クラウスによれば、全く別のキャリアからこの世界に飛び込んで来る人たちが、911のテロ事件以来、ぐっと増えたそうだ。 「人生一度きり。ならばやりたいことをやろう」と心機一転、学生に戻った彼らは、端で見ていても、楽しくてたまらないという表情だった。
転職組のほとんどが「今まで会社のためにさんざん働いてきたから、何としても自分のレストランを持ちたい」と熱く夢を語る。果たして現実はどうなんだろう? 「現実? 夢を壊すようなことは言いたくないけど、新しくできたレストランの2つにひとつは潰れてるのが現状よ」。 シカゴの有名イタリアン・レストランの「スーシェフ」つまりナンバー2の立場にあるエミリーは言う。 「ケータリング・ビジネスをやりたいという声もよく聞くけど、ビジネスとなれば、芸術的なケーキばっかり作ってればいいというわけにはいかないわ。実際に需要があるのはマッシュポテトと鶏の唐揚げかもしれない。そこで幻滅しないで、いかに踏ん張れるかだと思うよ」。 それでもエミリーは、多くのレストランは「転職組」にもチャンスを与えると思う、と言った。 前職で管理職だったとしても、キッチンに入れば自分より若いシェフの元で、雀の涙並みの時給からスタートだ。残業代なしも当たり前の環境でも萎んでしまわない夢ならきっと叶うだろう、と彼女は言う。 午後4時。シェフ・クラウスは山のようなほうれん草の束を倉庫から運び、次の授業の準備をしていた。 「朝5時から働いて、シェフはいつ寝るんですか?」と聞いてみる。 「睡眠? そんなものワタシの人生には必要ないのだ。どれ、クレープの焼き具合をチェックするか」 軽やかに階段を駆け上がっていく鉄人シェフ・クラウス。恐るべし。家に戻った私はベットに倒れ込んで爆睡したのだった。 |