第6回 『ぼくの見た戦争』
 ボストンの2大紙の一つ、ボストン・ヘラルドを読むのがすっかり日課になったある朝、ふと1枚の写真が目にとまった。次期大統領選挙の候補者たちのプラカードを手にして、応援に熱中する市民たちのショットだった。選挙運動のシーン自体はありふれていて、報道写真の被写体として特に珍しくもない。だが、その写真はなぜかちょっと違っていた。プラカードを持つひとびとの顔が、これ以上ないというぐらいの超ローアングルからなめるように撮影されていて、その角度から見ると、ひとりひとりの表情がものすごく人間臭いのだ。写真から体温や息づかいまで伝わってくる。
 写真の下のクレジットを見ると「Takahashi」とある。日本人だろうか?
 気になってネットで検索してみると「高橋邦典」という写真家の名前がヒットした。その名のホームページをクリックしてみる。すると、漆黒のバックの上に現れたのは、無数の戦場の光景だった。
 リベリア、イラク。銃を持つあどけない子供の顔、砂漠に横たわる兵士……。

「これ、10年くらい前の写真なんで、詐欺といわれちゃうかもしれないなあ」といいながら高橋さんが提供してくれたポートレート。アフリカでの取材風景の1コマ。

 「僕、コソボもチェチェンも行ってないんで、イラクがいわゆる戦場としては初めての経験だったんですよ」
 待ち合わせ場所に現れた高橋さんは、屍を乗り越えて進む戦場カメラマンというよりは、むしろ、物静かなアーティストという感じがぴったりなひとだった。南ア旅行の直前という時期に無理をいって、時間をいただいたのだが、一番聞きたかったのは、米メディアの一員として、米軍に従軍した高橋さんが、イラク戦争をどう見ていたのか、という点だ。
 「僕は日本人だから、アメリカ人の同僚記者とは、もう、のっけから戦争に関しての考え方が全く違いますよ」と高橋さんはいう。「アメリカ人の同僚は、親兄弟が軍人だったりする環境で育っていたりするわけでしょう。だから戦争の是非について議論しても、平行線を辿るだけで議論にならないんですよ。僕はこの戦争は初めからおかしいと思ってましたし。戦争だけじゃなく、日頃アメリカ人の中で、仕事をしていて、違和感を感じることはやっぱりすごく多いんですよ。今回、イラクに行った時は、現地の人にどこから来たかと聞かれるたびに、日本からって答えてましたね。その方が受けがいいんで」
 戦争という選択肢に強烈な違和感を感じつつ、戦争を仕掛けていく側の米軍と行動を共にし、取材をするというのは、一体どんな感覚なのだろうか?
 「米軍は攻めているわけだけど、実は米軍の兵士たちは戦場に来たくて来ているわけじゃないんです。軍隊に志願したのも、奨学金がもらえるとかそういう理由が大きいからで、戦争したいからじゃない。で、逆に僕は戦場取材がしたくて、自分から志願して来たわけで、そのあたりの感覚のギャップは大きいですね」
 生と死の極限状態に身をおいて、自分がどう反応するのか、何を撮るのかとにかく試してみたい、だから、戦場に惹かれてしまう。高橋さんはそういう。
 「誰かに何かを伝えたいとか、ジャーナリストとしての使命とかそんなことよりも、やっぱり根本は自分の身をそこに置いてみたい、という欲求なんですよ」

 ああ、正直だな、と思った。予定調和の日常よりも、危険があっても、ジェットコースターに乗っているような快感を味わえる非日常に身を置きたい。そんな気持ちは誰にだってある。だからイラク戦争からボストンに帰って、レッドソックスの野球の試合を撮るような生活を「ぬるま湯ですよ」と断言する高橋さんの気持ちも、わかる気がした。
 沢田教一の生き方をカッコいいと思い、報道写真家を志して、単身渡米した高橋さんは、既に30代前半で死んだ沢田教一の年を追い越した。その足跡として、この冬、『ぼくの見た戦争』という本を出版した。イラクで撮りためた写真とエッセーをまとめ、児童書として小学生から中学生に向けてメッセージを送る。
 「どうして人を殺しちゃいけないんだ、という若者がいるような時代になってしまった。これじゃ、本当にまずいです。子供たちが何かを感じないと、社会は変わらないと思うんで」
 そして、これから旅立つという南アフリカのことを高橋さんはこう形容した。
 「西洋の常識が通じないし、実際行ってみると、ものすごく居心地が悪い。だからこそ、人間の本音に近いものを感じて行かずにいられない」
 そんな場所を持っている高橋さんがなんだかとっても羨ましかった。