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鹿島田さんが、「話す」仕事を初めて意識したのは大学生のとき。東京モーターショーのナレーターコンパニオンのアルバイトをつとめたときからでした。その後、ラジオのオーディションも受けて合格。大学に席を置きながら、放送司会などのアルバイトをしていました。さらにサンフランシスコに短期留学していた折、生き生きと働くFM局のDJの姿を目にして、「自分の進む道はコレ!」と思ったのだそう。
しかし、大学卒業後、すぐに結婚。地方に移り住むことになりました。「話す」仕事を続けたいという気持ちから、オーディションなどの情報を手に入れやすい、タレント事務所に所属。週に
1回程度上京し、ラジオやイベントの司会をこなしながら、英語講師をしたり、ピアノの先生をしたりという不安定な状況が続きました。
そんな生活を送る中で、地元にFM局が開局するというニュースを耳にしたのです。時すでに27歳、1歳の子どもがいるという状況でした。でも、「どうしても放送局で仕事したい」という気持ちから、思い切って入社試験に挑戦。最終面接では、子どもがいることを正直に伝えた上で、晴れて合格しました。
ラジオ局アナウンサーの採用は、大変狭き門。多くの応募者の中から選ばれるためには、的確な日本語を話せるというだけでなく、外国語の能力も強みになります。コミュニケーションが必須という仕事柄、語学は重要な要素となるのです。そのほか、「他人にはコレだけは負けない」というプロフェッショナルな知識を持っていることも重要でしょう。鹿島田さんが、A級ライセンスや、ワインコーディネーターという資格を取得したのも、番組の取材や特集を通して、「もっとその本質に触れてみたい」という気持ちを抱いたからです。
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