小さい頃から、書くことが好きだったという高野さん。大学卒業後、静岡の新聞社に就職。さらに消費者向けの専門紙に転職し、記者生活を続けていました。そんな高野さんに転機が訪れたのは6年前。「ふるさと・島根にいる母が倒れたのです。実家の写真館を手伝うため、夫を残して子連れの単身赴任のような形で帰郷。ここでカメラの技術を学びました」
3年後、再び大阪に戻ったものの、写真館の繁忙期は帰郷して手伝わなければならないため、正社員として勤めることは断念。フリーランスでライター業をスタートしました。パソコン1台とブロードバンド環境があり、特に開店資金などは必要なかったとか。
同時に、取材記事の執筆だけでなく、コピーも書けるようになりたくて、「コピーライター養成講座」で勉強しました。キャッチコピーで人の目を引きつけ、文章でじっくり読ませる二段構えにスキルアップ。コピーライティングを生かしたHP制作を行うなど、仕事の幅が広がったそうです。現在、仕事の比率は、ライター&コピーライターが8割、HP制作・カメラマンとしての仕事がそれぞれ1割くらい。年収は、消費者向け専門紙の記者時代より若干増えているそうです。 |